「勘違いしないで欲しいのですが私はあなたを深く愛しています、ですがね」
 夜も更けて燭台の優しいオレンジ色の明かりのみの室内は程よい闇の帳が
下りている。そして夜具も整った寝室に二人きり、しかも互いにベッドの上だ。
このような状況においても自分のペースを少しも崩すことなく、真正面からこうも
相手の羞恥を煽る台詞を臆面なく言ってのけるローデリヒは自覚があるにしろ
ないにしろ性質が悪い。その告白を受ける身にもなってほしい。こうして菊は
いつも顔ばかりでなく耳朶まで朱に染めて、ただ黙ってうつむくしかなくなって
しまうのだ。しかし今晩この台詞には続きがあり、別の意図があるようだ。菊は
緊張した面持ちで姿勢を正し、身も心も引き締めて次ぐ声を待つ。
「私はあなたとはセックスできそうにありません」
 やがて再び口を開いたローデリヒは言葉を濁さずはっきりと言い切った。申し訳
ありませんが、と沈んだ表情で詫びるローデリヒの一方で、菊は驚きもしないで
そりゃそうですよねーと非常に軽く受け止めていた。だって男同士なのだ、いくら
愛情があるにしたって実際性行為に至るには抵抗があって当然だ。初めて枕を
共にした夜からいくつもの平穏な朝を迎えておや?と思ったことは多々あるが、
それは菊が過剰に先行きを案じて一応心構えだけはしておこうと腹を括っていた
からであって、普通はそういう反応をするだろうと思う。菊は別段それはそれで
構わない。プラトニックラブという愛の形もある。ローデリヒにその気がないのなら
今度も清い交際を続ければいいではないか。だから菊は一体何を言われるの
だろうと実はかなりドキドキしていたのだが、なんだそんなことかと拍子抜けした
ように緊張を緩め、よくわかりましたではそろそろ寝ましょうかと当たり前のように
横になろうとする。
「ちょっとお待ちなさい!あなたはそれでいいんですか!」
 菊の言動に泡を食ったのはローデリヒのほうだった。よもやこんな味気のない
反応が返ってくるとは思わなかったのだ。残念がったり怒ったり悔しがったり、
仮にも恋人であるならば何かそういった感情の変化があって然るべきなのに、
菊はむしろどこかほっとしたようなきらいすらある。ローデリヒの詰問にも菊は
別にセックスレスでいいじゃないですか、とあっけらかんと答えるだけで自分の
発言に自身納得していないようなローデリヒに対して逆に首を傾げる有様だ。
「恋人があなたには欲情できないと言ってるんですよ!少しはガッカリしたら
どうですか!」
 何やら一方的に憤っているローデリヒに対し、菊はその真意こそ理解できない。
確かにローデリヒと肉体的にも結ばれる日にいくらか夢を見ていたが、そうは
見えなくても菊はローデリヒよりもずっとずっと年上で、有り体に言えば枯れた
おじいちゃんなので"それはそれでしょうがない、ある意味助かる"というのが
正直なところであった。だがローデリヒの口振りはまるで菊にガッカリしてほしい
みたいではないか。
「私がガッカリしたら何かいいことでもあるのですか?」
 どうしても意図が汲めず、菊は率直に疑問をぶつける。知能も高く常に冷静で
思慮深いローデリヒが表現豊かすぎる指揮者のごとく髪の毛を振り乱す勢いで
こんなにも激しく感情を剥き出しにするなど珍しいを通り越して異様ですらある。
これは世界遺産モノだとある種の感動を抱きつつもそれはさておき、ローデリヒの
狙いを突き止めようと真摯に見つめているとあまりにも唐突で意外すぎる応えが
あった。
「もし私が勃起不全なら、あなたが私をその気にさせようと躍起になるのが流れと
して正しいのではないのですか?」
 ローデリヒの質問返しに肯定も否定も忘れ、それなんてエロゲ?と菊は思った。
そういえばルートヴィッヒから聞いたことがある。ドイツ国内には二次元美少女
専門雑誌があるほど日本の二次元萌え文化が急速に普及しつつあり、周辺の
ドイツ語圏内にも伝播している可能性があると。これが真実だとすれば日本の
エロゲやエロ同人のお約束がローデリヒの耳に入っていても何らおかしくない
わけで。
『どうしてですかローデリヒさん!(涙目)』
『私って…そんなに魅力ないですか?(涙目&上目遣い)』
『ローデリヒさんにしてもらえるなら私、何でもしますから…(頬染め&上目遣い)』
『ええっそんな…恥ずかしいっ!できませんっ!(顔真っ赤)』
『でもローデリヒさんのためなら…下手かも知れませんけど頑張りますから…
だから…(頬染め&上目遣い&潤んだ目)』
『アッー!(R18規制)』
 だとすればこういったことをローデリヒが目論んでいたとして無理からぬことで
ある。ただし、それがお上品かどうかは別として。菊はしばし腕組みをし、考え、
結論を出した。
「…ローデリヒさん、私」
 ローデリヒはようやく冷静さを取り戻したらしく険の取れた顔つきで何です?と
続きを促す。先ほどのあまりに必死なローデリヒを記憶からそっと消しつつ、菊は
改めて覚悟を決め、告げた。
「心配しなくても私、ローデリヒさんのためなら何でもできますから…無理をして
そういう状況を作り出さなくてもいいんで、自然にしてください…」
 愛するローデリヒをこれ以上二次元色に染めてしまいたくないと心のどこかが
泣いているのを感じながら、菊はできるだけローデリヒを傷つけないよう心がけて
懇願した。その後どうなったかというと、あ、そうですかそれはよかったと菊の
心遣いが功を奏したのか、あっさりと普段通りに戻ったローデリヒは本人の口
から『何でもできますから』と晴れて許可をもらったのをいいことにあれこれ菊の
想像をはるかに越え、二次元にしか存在しないと思っていたさまざまな行為に
対して挑戦を強いられ、結論としては無事『アッー!』を遂げて済むわけがなく、
どこかのドSと根っこが一緒など予想もしていなかった菊はその代償に大きな
後悔と臀部の痛みを得るのだった。





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