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※ログ59の独日ルートです ある日の明け方近くのこと。ずる、ずると何か引きずるような奇妙な音で菊は 目を覚ました。その隣ではフェリシアーノがススススとスライム属特有の寝息を 立て、びろーんとだらしなく触手を広げたまま完璧に寝入っている。モンスター としてこの警戒心のなさは如何なものかと不安に思いつつも同じく隣に眠って いたはずのルートヴィッヒの姿が見えない。夜の散歩でもしているのならいいが、 それはそれとしてこの音はなんだろうと菊は静かに身を起こし、万が一に備えて 常に枕元に置いている愛用の刀に手を伸ばす。ずる、ずるという音はだんだんと 近づいてくるばかりだ。いつでも抜刀できるよう構えて息を潜め、菊は感覚をより 鋭敏にする。ついにはドアの前までやって来て、無施錠のドアはぎぎぎと軋む 音と共にゆっくりと開かれていく。そうして現れたのは人の形をしたものだった。 暗い室内でその正体はまだはっきりとしないが、ずる、ずる、と緩慢に両足を 引きずりながらそれは少しずつ確実に菊に歩み寄ってきた。間合いはまだ遠い。 その動きは以前ダンジョンで懐いてきた腐った死体のスミスに似てなくもない。 腐敗臭がひどいのと仮に身柄を預かったとしても日頃の処理が大変そうなので 仲間入りを固辞したのだが、まさか諦めきれずにあのダンジョンからわざわざ 追いかけてきたのかと一瞬どきりとする。だがスミスはあんなに筋骨隆々では なかったし、金髪でもなかった。第一スミスであったならこれほどの距離であの 強烈な腐敗臭がしないのもおかしい。では強盗か何かか?と柄を握る手に力を 込めると、徐々に全貌が見えてきた怪しい侵入者はよりによって全裸であった。 腐っているスミスでさえぼろぼろの衣服をまとっているというのに、全裸。相手は 何も武器らしいものは持っていないが股間に立派な凶器がぶら下がっている。 下手な強盗より厄介な変態だ。これ以上近寄ってきたらひと思いにたたっ切って やろうと菊は一息に刀身を引き抜く。すると変態は命乞いにしては奇妙なことを 口にした。菊…どうしたらいいのだろう、本当に人間になってしまった。言っている 意味はまるでわからないが、その声には覚えがある。それどころかルートヴィッヒ そのものではないか。手足の使い方がよくわからない、困った、どうしたらいいの だろうと金髪ムキムキ全裸男は途方に暮れていた。信じられない菊は呆然として いる。信じられないのも無理はないが本当だと男は証拠代わりに目の前で彼の 特技であるべホイミを使ってみせた。どうやらこの金髪ムキムキ全裸男は本当に ルートヴィッヒのようだ。こうなったら無理にでも信じるしかない。あいにくと彼の サイズに合う服がないのでせめて腰にタオルを巻いてもらい、どうしても目覚め そうにないフェリシアーノを放っておいて詳しく話を聞くと、夢の中に金髪で全裸 ながら股間だけは薔薇の花で隠したいかにも怪しげな破廉恥なヒゲ男が出て きたそうだ。破廉恥なヒゲ男は胡散臭さこの上ないことに自分が神だと名乗り、 ええーお前人間になりたいの?人間ってのもなかなか大変よ?物好きだねー まあいいや叶えてやるよ、今俺最っ高に機嫌いいからさ!感謝しろよー!などと のたまった挙句投げキッスを寄越してきたので咄嗟に避けたという。しかし避け 損ねて何かが当たった途端チョロリーンと安っぽい音がして突然周りが真っ暗に なり、気がつくとこの姿になって裏庭に転がっていたという。ひと通り話を聞き、 菊は珍しく悪感情もあらわに舌打ちをした。やはり神様とかいう存在は予想に 違わず気まぐれでいい加減な輩だったのだ。翌朝一番で防具屋の主人を叩き 起こし、何はともあれめでたく人間になるという夢を叶えたルートヴィッヒに合う 服を買ってきた頃になってやっと起きたフェリシアーノは野性的勘というべきか 何かそういったもので金髪ムキムキ男がルートヴィッヒだと一発で気づいたらしく いいなールーイ!どうやって人間になったのー?ずるいよ!とぶーぶー文句を 言っていたが、それを叶えてくれた神様がそんなやつであることを聞くとなんか 嬉しくないね…とやる気を大幅に削がれたようだった。ルートヴィッヒはそれから 地道なトレーニングを重ねて人間として生活するのに何も支障がないレベルまで 体を動かせるようになった。辺鄙な田舎の村なので働き手が増えたと喜ぶ村人 にも自然に受け入れられ、近隣の農作業などを手伝う傍ら与えている小遣いで ルートヴィッヒは何やら難しい本をたくさん買い込んできて攻撃呪文の勉強や 戦士向けの訓練もしているらしい。冒険者にでもなりたいのかと菊が尋ねると もちろん菊の本業である冒険者の仕事を手伝うためであること、そしていつか 伝説に残る天に住まう神様の城とやらに行ってあのふざけた破廉恥ヒゲ野郎を 一発ぶん殴るつもりだとルートヴィッヒは語る。投げキッスがよほど不快だったの だろうがあれから何だかんだでルートヴィッヒと深い関係になってしまい、神様が 何を思ってそうしたんだか無駄にでかいアレを彼に与えたせいで主に尻が大変な ことになったことを思い出した菊はその計画、手伝いますよと拳を固く握り締め、 暗い笑みを浮かべた。後日、菊はルートヴィッヒの奇行を目の当たりにして眉を 寄せる。戦いの勉強ばかりして人間の生態についての勉強をおろそかにした せいで、ルートヴィッヒは菊がまもなく卵を産むと思っているのだ。俺たちの子供 だな、と嬉しそうに巣作りに励む彼にどうやって『人間は卵で増えない』『そもそも オス同士で子供は生まれない』と残酷な真実を伝えたらいいのだろうか。困った ことになった…と菊は深々とため息をつく。 |