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しんしんと雪の降り積む音さえも聞こえそうな静かな夜だった。窓の外に広がる 一面の銀世界は月の光を青白く反射して、窓枠の形に弱いオレンジの明かりを 落とす部屋はただひとつ。他の寮生は皆、クリスマス休暇で肉親の待つ温かな 我が家へと帰ってしまった。管理人も今日ばかりは不在で、燃やす薪も尽きた ストーブの上ではしゅんしゅんと音を立てていたヤカンも室温と同じに冷えていく のみだった。明朝一番に連絡することに決めて、寮に残った二人は手足の末端 から凍っていくような寒さに耐えかねて早々に床についたが、全身がかたかたと 震えるばかりでとても眠れそうになかった。二段ベッドの上からねえ、そっちに 行ってもいい?とフェリシアーノが尋ねると下で菊はその言葉を待っていたかの ようにええ、いいですよと穏やかに応えて隅に寄る。人肌のぬくもりがあれば まだマシだろうとお互い考えた上のことだが、普段ならにぎやかさに紛れてそう 感じることのない寂しさのせいでもあるかもしれない。やったあ!と嬉しそうに はしごを降りてくるフェリシアーノは夏頃には裸で寝るのが普通であったが今の 季節、さすがに寝間着は欠かさない。この寒さならこれでも足りないぐらいだ。 ありったけの服を何枚も重ね着して、それは菊も同様だった。自前の枕を小脇に 抱えてお邪魔しまーすと菊の布団にもぐりこめば窮屈さは増したがやはり少しは 温かくなった。それがたとえ心情的な問題だとしても、ひとりで耐えているより ずっといい。それでも小さな震えはすぐには治まらず、黙っているとガチガチと 歯が勝手に鳴ってしまう。ふと思いついて布団から出た菊は金属製の水筒に ほどよく冷めたお湯を注いで戻ってくる。即席の湯たんぽですよと菊は笑った。 幼い頃、生まれ故郷の冬はこうやって過ごしていたと話すと菊はどんなところで 育ったの?と聞き返してくる。菊は遠い目をして天井を見上げた。そう昔ではない 話だ。ここと同じ、雪深い山間部の貧しい孤児院ですよ、そこは燃料が常に不足 して暖房は途切れがちでしてね、冬はみんな身を寄せ合って過ごしたものです。 話しながら菊は水筒を布に包み、二人のあいだに置いた。お湯の熱がじんわり 広がっていくのを感じながら菊は思い出す。兄弟のように一緒に育った者たちは 次々と引き取られていき、ひとりで過ごした冬もある。その冬は特別に寒かった ことをよく覚えている。俺もそうだよとこの学園で唯一、孤児院育ちで後に裕福な 家庭に引き取られたという菊と似た境遇を持つフェリシアーノは彼に似合わない かげりのある表情でつぶやく。先に引き取られた兄と離れ離れになり、毎夜毎夜 泣きながら眠りについた日々を覚えている。隣にあるはずの温かさが失われた 冬の特別な寒さはきっと気のせいではなかった。ひとりは寒くてさみしい。もう 二度とあんな冬に戻りたくない、二人はそう思う。そのとき不意に窓枠がガタガタ と大きな音を立てた。吹き込む風にランプの火がゆらゆらと頼りなく踊る。どうやら 吹雪いてきたらしい。時折建物ごとさらうような大きな風の音が轟いて少し怖い。 一層強く襲ってきた寒さにぶるりと体を震わせ、思わずどちらからともなく抱き合う ようにしてわずかなぬくもりを分け合えば、思い出と共に蘇った寂しさは少しずつ 去っていき、ふわふわと幸せな気分が降ってきた。菊は本で眠れば死んでしまう という冬山のシチュエーションを読んだことがある。凍死しかけた人は起こされる まで幸せな夢を見ていたという。ひょっとしたらこんな気分なのだろうかと菊は ぞっとしない考えをふふ、と笑みで打ち消した。このまま凍えて氷づけのマンモス みたいになったらどうします?と悪い冗談を言ってみたくなった菊に、春になって 溶け出すまで二人でのんびり待てばいいよ、とフェリシアーノはあくび混じりで 笑ってみせた。そうですね、と菊もそのつもりになってようやく降りてきた睡魔に身を任せる。もし春が来ないとしても、もう自分たちはひとりではないのだから。 |