「何だいこれ!食べ物の色じゃないよ!」
 いつか聞いた覚えのあるような台詞を叫び、アルフレッドは買い物カートを押す
菊の袖をついついと引っ張った。やれやれ今度は何かと思えば果物コーナーに
陣取る大きな図体と陳列された薄紫の楕円の果実。数個ずつパック詰めされ、
いくつかは真ん中でぱっくり裂けて、でこぼこした薄気味悪い白いゼリー状の
塊の中に黒い粒粒が透けて見える。確かに一見して食欲をそそられるものには
見えないが、少なくともその正体と味を知る菊にとってはおや、と思うものだった。
ちょうど今日の夕食のメニューを決定しかねていたところだったのでこれ幸いと
カゴの中に放る。
「ええええ!そんな不気味なの俺は食べたくないよ!」
 アルフレッドはそれを見てぎゃーぎゃー喚いていたがどの口がそんな文句を
言うのかと菊は内心で思っている。青だとか蛍光オレンジだとかそういうお菓子
なら喜んで食べるくせに、派手な色合いの食べ物が珍しい日本でのこととはいえ
この程度で怖気づくとはまったくしょうがない人だ。しかしそんな心中は含み笑い
程度でおくびにも出さず、おいしく料理してさしあげますからと何とか言いくるめて
カートを進める。アルフレッドはまだ不満そうにしながらも渋々承知し、途中その
代わりと言わんばかりに大量のお菓子をカゴに詰め込んでとりあえず買い物は
一通り済み、二人は帰途に着いた。菊は早速買ってきた薄紫の果実を洗い、
スプーンを添えてアルフレッドの前に出した。中身を食べるんですよ、と教えて
アルフレッドからすればなんだか新種の芋虫みたいに見えなくもない白い塊を
まず最初に自分が口に含んで見せる。ゲテモノでも見るような心底嫌そうな顔で
どんな味?と聞かれ、とても甘いですよと菊は懐かしさに笑みを浮かべる。昔は
山遊びのおやつとしてよく食べたものだ。時は流れてもその甘さに変化はない。
昔と何ら変わらない山の民のちょっとしたご馳走だ。そうしてアルフレッドもおそる
おそる、ほんのちょっとだけスプーンの先ですくい、口に入れてみた。菊の言う
通り、確かに甘い。次は大きくスプーンに取って食べる。本当に甘いがそれほど
感動的な味がするわけでもない。黒い粒粒は種だったようだ。可食部が少ない
割りに種が多くて邪魔くさい。いちいち種を吐き出して食べるのが面倒だ。菊が
こんなに顔を綻ばすほど価値のある果物とはアルフレッドには思えない。これで
終わり?となんだか拍子抜けしたような表情をして尋ねる。
「いいえ、今日の夕食はこの皮の部分を使うんです」
 菊は分厚い外側の薄紫を撫でて説明する。これはあけびという植物の実だと
いう。英名ではチョコレートヴァインといってその名の通り実はとても甘いのだが、
外側はただの皮として食べずに捨ててしまうものという認識が日本の中でさえ
ほとんどだ。またアルフレッドがええええ!皮あああ?といった表情でため息を
ついていたので菊は私の料理の腕が信用できませんか?と意地悪な質問を
ぶつけてみた。いや君の料理は何でもおいしいけどさあ…と慌てたように弁解
しつつもハンバーグだとかカレーだとか豚カツだとかそういったものを期待して
いた子供舌には逆らえない。まあゲームでもして待っていてくださいなと慣れた
様子で適当にあしらい、菊は台所に戻っていった。その言葉に素直に従って
ゲームをしたりテレビを見たり漫画を読んだり、のんびり過ごしているあいだに
いつのまにか時間は流れていつも決まって最後に作る味噌汁のいいにおいが
漂ってきた頃にはアルフレッドもご飯の時間だ!と気づく。そろそろこたつ布団を
出そうか思案している四足のテーブルに、湯気を放つご飯やら豆腐となめこの
味噌汁やら根野菜の煮物やらほうれん草のおひたしやら漬物やら、純和風の
食事が次々と並べられて最後に見覚えのある楕円がすっかり色合いを変えて
鎮座した皿が中心に置かれた。これがさっきのあけびですよ、と言いながら菊は
果実を括っていたたこ糸を切る。割れたあけびの中にはひき肉ときのこを味噌
炒めにしたものがたっぷり詰まっていて肉汁が溢れる。それをオーブンか何かで
焼いたのだろう、あけびは香ばしく焼けていいにおいがする。最後に彼専用の
赤と青と白の派手な箸がアルフレッドの前に置かれて、どうぞ召し上がれと
微笑んで菊は真向かいの席についた。菊が最初に味噌汁に手をつける一方で
アルフレッドは好奇心から真っ先にあけびに箸を伸ばした。あけびのほろ苦さを
甘めに味付けされたひき肉の脂っこさが見事に中和して存外においしい。目線を
上げると菊はじっとアルフレッドの反応を見ていた。
「…まだ私が信用できませんか?」
 菊がまた意地悪げに笑みながら聞いてみると、まさか!君が料理上手なんて
とっくの昔に知ってたからね!とアルフレッドは豪快に笑顔で応えてご飯を掻き
込んだ。ただ、味噌汁のなめこの食感にはなんだいこれ!ぬるぬるして気持ち
悪い!食べ物じゃないよ!と文句を忘れなかったけれど、これは菊の狙い通りの
反応だったのでしてやったりとくすくす笑うばかりだった。





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