※ログ51・ミスターマーメイドパロ続き


「どうして俺に干渉してくるんだ!」
 ガタンと大きな物音を立ててアルフレッドは激昂する。店に来た顔見知りに
儲け話を持ちかけられ、せっかく乗り気でいたのに割って入ったアーサーに
ふいにされてしまったのだ。確かにリスクの伴う危険な仕事だった。だからこそ
儲けの大きい、こんないつ潰れてもおかしくないような安っぽい喫茶店の収入
なんか目じゃない、そんなうまい儲け話だったのに。お前はまだ子供なんだから
そんなことしなくていいとアーサーが応えれば、子ども扱いしないでくれよ!と
ますます火に油を注いだ。近頃はこんな衝突ばかりだ。アルフレッドは確かに
アーサーの弟だが父親が違う。それぞれ別の家庭で育ち、それぞれ父親に
互いの存在を知らされながらも決して会わないようきつく言い聞かされ、それが
結果的にかえって会ってみたいという気持ちを加速させてしまった。先に幼い
アルフレッドがその欲求に耐え切れなくなり、密かに調べていたとうに自立して
いた兄の住むアパートを訪ねて邂逅は実現した。そこは裕福なアルフレッドの
家とは違ってほとんどスラムのような荒れた港町にあるあばら家だった。けれど
アルフレッドは構わずそのまま住みついた。亡き母の面影を双方重ね合い、
愛しくてたまらなかった。そうだ、はじめはそうだった。今は育った環境の違いと
過ぎる感情があってうまくいかない。俺のことはもうほっといてくれよ!と本当は
そうではないはずなのにアルフレッドの口からは真逆の言葉が出てしまう。弟の
本心が手に取るようにわかるからこそアーサーは努めて冷静にティーカップを
磨き続ける。こんなときは黙っているほうがいい。その思惑もすれ違い、一層
苛立った声が聞いているのかい!と荒げられてアーサーはふと顔を上げた。
窓の外には真っ黒な海が広がる。海に面した喫茶店、昼間の眺めはいいが夜は
ひたすら不気味だ。黒くうねる波はいくつもの死をその腕に抱いているようにさえ
見える。闇夜を煌々と照らしていた満月もあっという間に暗雲に隠され、雨も降り
出したようだ。道路の向こうに白いガードレールに座る人影が見えた。降りしきる
雨もまるで気にならないかのように濡れそぼつままだ。酔狂な、と思いながらも
アーサーは手を止めた。数百メートルと離れていないあの場所での出来事を思い
出す。偶然目が合った男、途端にこちらに来ようとした男、よたついて転んだ男、
車に轢かれそうになっていた男、知り合いかと思って助け起こした男、質問に
答えない男。もうすぐ形になりそうな確信を胸に、傘を持って店を飛び出した。
アーサー!?と不審がるアルフレッドの声も耳に入れず夢中で走る。濡れ鼠の
男は横に立ったアーサーを見上げた。黒い瞳。黒い前髪が額に張り付いて顔が
よく見える。男に傘を差し掛けたままアーサーは問いかける。

 ただ痛くて重いだけの足を引きずり歩くことは慣れぬ菊には難しいことだった。
けれど懸命に歩みを進め、なんとか人気のない砂浜の前にたどり着く。ガード
レールに座り、休憩をしているとあることに気づいた。人魚の世界への入り口で
ある満月の映る海面がどこにもないのだ。見上げた空は海と同じく真っ黒で、
星ひとつ見えない。そんな、と顔を強張らせるうちにぽつぽつと冷たいものが
頬を打つ。雨脚は強まるばかりで一向に止む気配を見せない。このまま朝に
なってしまったらどうしよう、と不安に襲われる。それはつまり次の満月まで
帰れないということだ。それでも水の感触は気持ちがよかった。温かな人魚の
海を思い出す。人間は私が人魚だと知ったら捕まえて食べるだろうか、人魚の
肝は不老不死の力をもたらすと人間の世界ではそう噂されているらしい。だから
人間は怖い。けれど、あの人は怖くなかった。何故かは、わからないけど。菊が
考え込んでいるときだ。ぱたりと全身を濡らす雨が止む。雨そのものが止んだ
わけではない、ざあざあと地面や建物に打ち付ける無数のしずくの音は絶えず
耳に聞こえている。顔を上げるとそこにあの人が立っていた。金髪に、緑の目。
傘というものを差し掛けてくれたようだ。そして口を開く。
「もし違うんなら、そう言えよ。お前もしかして…口がきけないのか?」
 菊は応えの代わりにあいまいに笑うことしかできなかった。





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