「そろそろ一息入れてはどうですか?」
 じりじりと天火で肉を炙るような真夏の強烈な陽射しの下、アーサーは上等の
スーツのズボンやシャツを無造作にまくり上げ、借り物の長靴を履いてお世辞
にもキマってるとは言えない格好で額どころか全身を汗びっしょりにして菊の
庭仕事を手伝っていた。そこへ涼やかな菊の一声だ。盆には氷が浮かぶ冷えた
麦茶とガラス皿に鎮座する水羊羹が乗せられている。ああ、と頷いてアーサーは
縁側に腰を下ろした。菊も横で氷のない麦茶を飲む。もう絞れば汗がしたたる
ほどに濡れたハンカチでは役に立ちそうになく、こめかみから伝う汗を放って
おけば菊が手元から手拭を取り出して軽く押さえるように拭った。サンクス、と
素直に礼を言えるようには出来ていない。その代わりにお前はどうして薔薇を
手入れしないんだと説教を口にする。薔薇は芽かきといって余計な芽やつぼみを
頻繁に手折ってやらなければ花びらの数の多い美しい花が咲かない。アーサー
から株分けしてもらった赤やピンクや白の薔薇などが菊の庭にはあるが、その
主は肥料や水やりといった手間は惜しまないものの芽かきだけはやらないのだ。
その分花の数は多いがそのひとつひとつにアーサーの庭の薔薇ほどの美しさは
ない。それを見咎めてアーサーは庭仕事を買って出たのだ。せめて午前の早い
時間や日暮れ近くなら作業もしやすいだろうに悠長に待ってなどいられないと
ばかりに庭に出たのはよりによって最も日の照る昼下がりだ。労をねぎらいつつ
あいまいに笑う菊にアーサーは一層調子づいて説教を重ねてそれ以上は文句も
思い浮かばなくなってようやく口をつぐんだ。静かになると蝉の鳴き声が耳に
つく。イギリスにはいないものだ。ひどい騒音だなと口をひん曲げて言った言葉に
菊はくすくすと笑い、先日いらしたアルフレッドさんも同じことをおっしゃいましたよ
と思わぬところで発見できた兄弟のつながりを微笑ましく思った。照れ隠しに
そんなこと誰でも言うに決まってんだろと言い捨てながら豆の粒の残る水羊羹に
スプーンを入れる。口の中で溶けていくような柔らかで控えめな甘さだ。独特の
芳香があり、これは?と尋ねると竹筒に入っていたんですよと菊は言う。そうか
竹の香りかと納得し、再び麦茶を含む。ほんのりと香ばしい麦の風味がする。
「このムギチャってのはどうやって作るんだ?」
 紅茶だけでなく緑茶にも興味を示したことがあるアーサーは麦茶にも同様に
好奇心をそそられたらしい。菊は今作ってみせましょうか?と台所へと案内する。
冷たい麦茶を作るなら容器に水と麦茶のパックを入れておくだけで済むが、出来
上がるには時間がかかるので温かい麦茶を作るべく菊は水で満たしたやかんを
火にかけた。お湯が沸騰したところできちんと手を洗わせたアーサーにパックを
入れるよう指示する。アーサーは指示通りパックをやかんに放り、菊はコンロの
火をやや弱めて五分ほど放置すると火を止める。
「…これで終わりか?」
 あまりに簡単な作り方に毒気を抜かれたというかなんだかつまらないというか。
アーサーは不満そうに言った。はい、と菊は応えるしかない。繊細な紅茶に比べ
随分と大雑把なものだと皮肉っているとああでも、と菊は付け加えた。パックを
取り出しておかないと味が濃くなりすぎてしまうのだというのだ。まだ扱いの
苦手な箸をアーサーに握らせ、パックを取り出すように言う。
「取り出す前に、少しパックをやかんの中で掻き回すんです。そうすると色が
ちゃんと出るんです」
 従うと空気を含んでぱんぱんに膨らんだパックから細かな泡が立ち、炭酸の
ジュースのようなしゅわしゅわと不思議な音を立てる。原理を聞いても菊はさあ?
どうしてでしょうね?と首を傾げるだけで菊自身もよくわかっていないようだ。
出来立ての熱い麦茶を熱にも強いコップに氷を入れて注ぐとあっという間に
氷が小さく溶けていく。ガラスの表面にたっぷり汗をかき、すぐ飲める温度まで
冷めたところでどうぞ、とアーサーに差し出すと若干ぬるいながらも先程よりも
香ばしさの強い味がした。冷房のない台所ではまたアーサーのこめかみから
汗が垂れていく。菊はそれを再び自分の手拭で押さえ、お風呂の用意をして
おきますね、終わったら汗を流したいでしょう?と笑った。ああ、とアーサーは
再び頷く。日暮れに近づき、風が出てきた。夕立が来る前に早く終わらせて
しまおうと休憩も早々に終わらせて庭に戻る。夏の盛りが過ぎ、秋が来れば
菊の庭で薔薇はまた美しく咲くだろう。





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