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年中兄の近所迷惑な高笑いに悩まされていたルートヴィッヒの耳に六畳の 個室があり、リビングキッチン風呂トイレは共有だが家賃はそれなり、そして 大学から徒歩五分という好条件のルームメイト募集の情報が舞い込んだのは つい先日のことだ。その日のうちに見学と構内にチラシを貼り出した家主とうまく 遭遇し、すでに入居済みのもうひとりともすぐに面談を果たし、かんじも良かった ことから即入居を決めた。材料代の支払いと昼間のうちに連絡さえしておけば 栄養バランスの整った夕食も付くという至れり尽くせり具合に満足する日々の なか、バイト先の店長に急遽今日は閉店までいてくれと頼まれて家主にはそう 連絡したが、いざ蓋を開けてみれば折からの悪天候で客の入りは悪く、早々に 閉めることになった。まかないにも見放され、仕方なくコンビニで軽食を購入し 帰途に着く。すると、リビングの光度の落とされたムーディなルームライトの下で、 ソファーでもぞもぞと動く人影から「ああもう、だめですよ」と笑い混じりのちっとも だめではなさそうな声と「だって俺もう我慢できないよ」とこちらも楽しげなやや 興奮した声がちゅっちゅと盛んな濡れた音の合間に響き、これはもしやと背中に 冷や汗をかきつつもリビングを避けては自室に帰れない構造ゆえに、そーっと 慎重に足を踏み出してはみたもののこの暗さでガタンと何かにつまずいて大きな 音をしまい、途端にこちらを振り向いた二人の同居人と視線をかち合わせる 羽目に陥った。同居人こと菊とフェリシアーノ、それぞれ服装の乱れは激しく、 けれど「帰ったら帰ったって言ってよー」だの「早いお帰りだったんですね」だの 彼らに動揺は見られない。露出した性器がアレしていてもだ。明るく親しみを 覚えるフェリシアーノに控えめながら優しさを感じる菊。いい友達になれそうだと 思ったばかりなのだがよもや二人がそういう関係だったとは。同性愛に特に 偏見は持っていないが身近な人物がそうなのでは随分と印象が変わる。ただ 呆然とするルートヴィッヒにフェリシアーノは陽気に問いかける。 「で、ルートヴィッヒはどうするの?」 はい続きはお二人でどうぞと言えばきっと何の支障もなくこのままおっぱじめて しまうんだろう。ルートヴィッヒには何も害はない。多少の騒音は気になるかも しれないが。そんなことはやめてくれと言えばルートヴィッヒの勘付く場所では 金輪際行為に及ばないだろう。今までそうだったのだから。しかしながら三人の 友情に今後何かしこりを残すような気がして、どうしたものかと思慮に暮れている ところに菊は三つ目の選択肢を提示した。 「では、あなたもどうです?」 つまり参加する気はないのかということだ。どうなってんだこの二人の倫理観は と思い悩むも、それが素晴らしい提案に思えてしまったのだからルートヴィッヒも だいぶ毒されていたに違いない。飲み込んだ唾の音もそこそこに、次の瞬間には 荷物を放り出しネクタイを緩めるルートヴィッヒの姿を見、二人は目配せしあった。 |