「晩飯、俺が作ってやろうか」
 ためしにそう申し出た途端に愛想笑いが得意なはずの菊の表情が凍りつき、
嫌なら別にいいと続けようとした強がりはぐんにゃりとへし折れて、やっぱりいい、
忘れてくれとアーサーは発言を撤回するに至った。慣れてはいるから平気だと
自身に言い聞かせようとしたが、想い人の冷めた反応はさすがに傷つく。この
ダメージは大きい。その様子は表面的にも顕著だったが、とはいえそんなこと
おっしゃらず、アーサーさんにお任せしますとはいまだ彼を紳士と信じる世界では
少数派の、ある意味盲目とも言える菊でも言うことが出来ず、NOしか答えの
でない葛藤にぷるぷる拳を震わせたあといやでもお菓子は割とおいしいんですよ
お菓子は!と弁解するのが精一杯だった。これがどこかの変態野郎ならば嬉々
として本当ですか?是非お願いします!と即OKが出て、二人して材料の買い
出しに出かけ、仲良く材料を選び、並んでキッチンに立って菊に手伝ってもらい
ながら和気藹々と料理をして、和やかに食卓を囲むんだろうなと勝手に詳細な
想像を膨らませアーサーは八つ当たり的に腹を立て、俺んところじゃな、うまい
もんは罪悪なんだ!いいか、快楽は罪悪なんだよ!などと責任転嫁を口にする。
若いねーちゃんと結婚するために教皇にケンカを売った王のいた国の言うこと
ではないと思いつつもその件については聞き流しておいたが、最近件のグルメ
ガイドブックでも証明されたように食に対する並々ならぬこだわりを持つ菊は
おいしいものが罪悪などと言われて黙っていられない。
「なるほど。でもアーサーさん、それなら私のところでは恋は罪悪と言った人が
いますよ。罪悪ならばいっそ恋もやめてしまいましょうか」
 穏やかな顔をして予想もしない方向からの攻撃にアーサーは目を丸くさせつつ
それは困る!と間髪いれずに反論すると、そうでしょう?それと同じでおいしい
ものもやめられないものなのですよと口元に人差し指を立て、珍しいやけに
かわいらしい仕草で菊は説得してみせた。美食が恋のように罪に逆らう者を
無力にするのなら菊の言うこともやむなしだ。アーサーの周囲で料理がおいしい
とされる国は愛に生きる性質を持つ者が多いのも頷ける。ならば菊はどうか。
自分と一緒に恋に生きてくれるだろうか。
「それじゃあ今日はビーフシチューにしましょうかね。教えてくださいますよね
アーサーさん」
 祈りにも似た期待に満ちた視線の先で菊が応えるように微笑む。もちろん
望むところだ。ああ教えてやるよ仕方ないからなと染まる頬を隠しきれないまま
強がりを何とか立て直して、まずは材料を揃えるべく二人連れ立って買い物に
出かけた。出来上がったビーフシチューは頃合を見計らって邪魔をしに来た
アルフレッドもこれってまずい食べ物だと思ってたけどやっぱり問題は作り手
だったんだねと評する出来栄えだったという。





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