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パーティーの後片付けはとても寂しいものだ。部屋の飾りつけ、クラッカーの 紙吹雪、ケーキの残骸、チキンの骨、ビールの空き缶やワイン瓶。それらひとつ ひとつを片付けてこっちは終わったよーとキッチンを覗くと食器を洗っていた菊が こっちも終わりそうですと視線は寄越さないまま最後の一枚を布巾で拭き、棚に 戻す。かちゃりと音がしてようやく菊は顔を向け、はい、これでおしまいですと アルフレッドを見上げて優しく微笑んだ。おかげで寂しさは嘘のように消え去り、 こうして菊が残ってくれたことを本当に嬉しく思っていた。緩む口元も隠そうとも しないで、二人だけで飲みなおそうかと冷蔵庫の缶ビールを取り出しかけた ところに菊はアルフレッドの手の上に己の手を重ねて遮り、その前に、私から 特別にプレゼントしたいものがありますと言う。プレゼント?とアルフレッドは 首を傾げた。菊からはもうゲームソフトをもらっているはずだった。それもひとつや ふたつじゃない。どれからプレイしようか迷って今から楽しみで仕方がないという のに。一体何をくれるのか質問には答えず菊は準備をしてきますねとリビングに 向かう。もしかして、とアルフレッドは思った。これはまったくの予想外の事態 だけれど、誕生日に恋人から特別にもらえるものと言ったら普通アレしかない。 どうしよう、ワクワクしてきた!ゲームなんかよりもっともっと!ここでキスだけ とか言ったら怒るよ!と若い盛り目やら胸やら何やらをときめかせて今か今かと 待っているとすぐに菊は戻ってきた。アルフレッドはまた首を傾げる。一体何の 準備をしてきたのかわからない。その姿は別段変化のない服装のままである。 裸であるとか、何かコスプレをしてくれたとかいうことはない。あるいは脱がせて みてのお楽しみということだろうか。それはそれで素晴らしい趣向だが、若干 誰かさん向けのような気がする。しかしよく見るとその手には何かが握られて いた。黒い靴べらのような、卓球のラケットのような、菊の家にあったシャモジ とかいう道具にも似ている。それが準備だったのだろうか。ますますわからない。 思い切ってアルフレッドは質問をぶつけてみることにした。 「特別なプレゼントって、何なんだい?」 「…実はですね、ネットサーフィン中に偶然見つけた情報なのですが」 「情報?」 「はい、とっても有益な」 そこで菊はにっこりというよりはニヤ…といったかんじの、見る者に底知れぬ 恐ろしさと背筋の寒気と本能的な嫌な予感を与える、まさしくジャパニーズ ホラーを髣髴とさせるような薄ら笑いを浮かべた。まさか、とアルフレッドは恐れ おののき、一歩後退する。けれどもそこは狭いキッチン、出口には菊が立って いて逃げ場はない。 「北米では誕生日に年の数だけ尻を叩かれる、バースデースパンキングという 風習があるそうですね」 そう言って菊はその道具を使い、己の手のひらを一度打ってみせた。かなり 派手な音がして、ヒッとアルフレッドは短い悲鳴をあげた。幼少時は泣くほど 怖くてマシューと二人逃げ惑っていたトラウマを思い出してしまったのだ。その 頃の年の数ならまだかわいいもの。若い国だと散々言われていても、独立から どれだけ経ってると思っているのか。だからこそ他の連中に知られたらここぞと ばかりに何をされるかわからないので隠しに隠し抜いてきたのに、それを菊は 知ってしまったというのか。どこかの国じゃないけれどネット検閲の必要性を このときばかりは痛切に感じる。アルフレッドは背中が壁についてしまうまで 一歩一歩じりじりと後退していき、それを菊は一歩一歩追う。今更そんな風習 ないよ、デマだよ、と言ってもアルフレッドの顔色はもはや認めてしまったような ものだ。というか、そもそも道具なんて使わないんだよこれは! 「き、き、菊、あの、お、俺は、その、俺はね、ノーマル!そうノーマルなんだよ! どこかの誰かと違って、そういうのは…!」 「問答無用!さすがに私の手も痛むので専用の道具を用意して来ましたからね、 さあ、お尻を出しなさい!232回、たっぷり祝って差し上げますよ!」 「Noooooooooo!」 その日、ジョーンズさん宅からは遅くまで悲鳴が聞こえていたとのちにアパート 住民は語る。 |