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我が家の隣にエーデルシュタインさんという家族が越してきたのは先月のこと。 ごく一般的な日本家屋であるうちに比べてエーデルシュタインさんのお屋敷は 十人も二十人も住めそうな立派なお屋敷でした。越してきてすぐに三男だという とても背の高い男性が手土産を携えて挨拶に来て、近いうち改めて他の兄弟も 挨拶に来させるからと頭を下げて帰っていきましたが一月経ってもその来訪は なく、もしや何か面倒ごとにでも巻き込まれているのではないかと変に勘繰って しまった私は作りすぎたおかずを口実にこちらから出向くことにしたのです。でも お屋敷を訪ねて私はびっくりしました。立派な外見に反して、中はいわゆるゴミ 屋敷状態。越してきてわずか一ヶ月でこの有様とは、ある意味猛者です。一応 袋にまとめてはありましたが、空の弁当や惣菜の容器もペットボトルも紙ゴミや ビンもすべて一緒くた、これでは回収してもらえるはずもありません。先日お会い した三男さんはちょうど廊下にまで積み上げられたそのゴミの山を一袋ずつ分別 なさっているところでした。私が玄関先に呆然と突っ立っていることに気づかれる と三男さんはひどく慌てた様子で、顔をわずかに赤らめて見苦しいところを、と 頭を掻いておられました。それよりどうなさったんですか?と聞けば返事より先に 鳴ったのは三男さんのお腹の虫でした。都合いいことにこうしておかずを持って きていますし、食事しながらで構いませんのでお話を聞かせてくださいませんか と言えば、また驚いたことにこの家にはご飯どころか米も炊飯器もないというの です。仕方ありませんので我が家から他にもおかずをいくつかと大盛りのご飯を 手に再び訪ねることにしました。尋ねると三男さんは朝から分別に勤しんでいて 食事するのを忘れていたのだそうです。三男さんはルートヴィッヒさんとおっしゃい まして、現在高校一年生。偶然同じ高校に通う私の一個下。どう見ても年下には 見えませんが…ともかく、学年が違うとなれば学校で会わなかったのも無理は ありません。けれど手料理なんて久しぶりだとあっという間に平らげて見せた 笑顔は年相応のもので、初めてお会いしたときから年上のように思えていたのは どうやら眉間に深く刻まれた皺のせいだったようです。その原因こそがこの家が ゴミ屋敷と化した理由だとまもなく私は知りました。お屋敷にはルートヴィッヒさん の他に、私よりひとつ年上の長兄ローデリヒさんと私と同い年の次兄ギルベルト さんが暮らしておられるそうです。両親は早くに他界し、兄弟三人で残された 遺産を元に生活していたそうなのですが、困ったことに兄弟三人揃いも揃って 家事のスキルがまったくなかったのです。しっかりしているという印象を受けた ルートヴィッヒさんですらゴミの分別以外は門外漢であることを知り、私は愕然と しました。道理でゴミの山に弁当や惣菜の空が多いわけです。高校生が毎食 外食をするというわけにもいきませんし、料理ができなければこうなってしまう のは自然なことでしょう。失礼ながら一通り部屋を見学させていただくと、そこ かしこに小さなゴミや埃が見受けられ、台所には何やら白い粉が散らばって います。また厄介なことに、ローデリヒさんは菓子作りが得意で時々思い出した ように色々作りだすそうなんですが、菓子の出来と片付けは別。散らかった粉 などは適当に拭くぐらいにしてそのままにしてあるようです。見かねてお掃除 手伝いましょうかと申し出たところ、さらに驚くべきことにこの屋敷には掃除機すら なかったのです。今までどうやって暮らしてきたのですかと尋ねれば、ゴミ屋敷に 限界を感じた頃に引っ越してあとは業者任せとのこと。無駄に金があるとろくな ことにならないとは言いますが、だめだこいつら…早くなんとかしないと…!と 私は強く思いました。かく言う私も親のない身。しかし必要に迫られてそれなりに 家事を習得してきた私にとって彼らの生活は信じられませんでした。かくなる 上は私が家事の必要性を説き、手ほどきしてやるしかない!そう思ったのです。 ですがその勢いも束の間。私はすぐに諦めてしまいました。手始めに掃除機を 購入させたのはいいものの、音大志望のローデリヒさん、医大志望のルート ヴィッヒさんは学業も優秀で手先も器用であるのに、下手にやらせようとすると せっかくのお屋敷が半壊してしまうのです。ある意味器用すぎると言えます。 二人とは違い進学科ではなく工業科に通い、今にも盗んだバイクで走り出し そうな連中と付き合いのあるギルベルトさんにいたってはなんで俺がそんなこと しなきゃなんねえんだよバーカ!と悪態を吐かれる始末。これはもう私がやる ほうが早い、そう悟ったのでした。こうなったら一人分作るのも四人分作るのも 同じだと己に言い聞かせ材料費だけはいただいて、毎食私が食事を作ることに なりました。掃除も週三日の割合でさせていただきます。プライベートルーム だろうが何だろうが知ったこっちゃありません。容赦なく掃除させていただいて おります。服も週に一度、それが下着であろうが何であろうがすべて洗濯の 洗礼を受けさせております。これまで下着さえ使い捨ててたとはなんと地球に 厳しい兄弟だったんでしょう。どこのセレブですか、まったく不届きな。ゴミの 分別は引き続きルートヴィッヒさんに手伝っていただくことにして、これでひとまず エーデルシュタイン家の生活は180度変わりました。同時に、私の生活も随分と 変わりました。ひとり寂しく取っていた食事は実ににぎやかなものになり、昼食も 同じ高校に通う私たちは同じメニューの弁当を一緒に取ることが多くなりました。 サボりがちだったギルベルトさんも最近では毎日学校に来られます。クラスの 違う私が何故それを知っているかというと、毎朝決まって寝坊して遅れて登校 するギルベルトさんが昼休み前に私のクラスにやってきては俺の弁当はちゃんと あるだろうな?ときちんと確認にいらっしゃるからです。これで学業に専念して いただければ亡くなったご両親もローデリヒさんもルートヴィッヒさんもひと安心 でしょうに。そうそう、先日私の進路相談があった日のことです。進学希望の 私にローデリヒさんは大学なんて行ってどうするんです?と聞いてこられました。 ローデリヒさんやルートヴィッヒさんのように夢があるわけでなく、漠然と大学を 出て就職するのが普通なんだろうなあと考えていることを話せば大学なんて 行かずにハウスキーパーを本職になさったらどうですか?あなたに向いてると 思いますよと言われてしまいました。うちならこれぐらいのお給料は出しますよと 提示された額は大卒の公務員の初任給よりも多いぐらいでちょっと心惹かれて しまいます。いっそ近頃はただ寝に帰ってるような古い家なんてもう処分して、 こちらに居候するのもいいかもなあなんて考えてしまう私なのでした。エーデル シュタイン家専属の住み込みハウスキーパー、それもいいかもしれませんね。 もう少しだけ考えてからお返事させてください。色よい返事をご用意したいと 思います。 |