場所は某温泉施設、男湯。湯気のたちのぼる広い浴槽の前には今、何ごとか
大声をあげる外国人とその裸身を唯一半裸の状態に留めている腰に巻かれた
タオルを剥ぎ取ろうと躍起になる日本人の姿があった。老いも若きも周囲はみな
一体どうしたのかと遠巻きに事の成り行きを見守っている。もし彼らの話す言葉
がわかれば大抵どちらの言い分ももっともだがやはり日本人のほうが正しいと
思っただろう。あるいはもし彼らが何者であるか知っている人物、たとえば愛と
芸術を一緒くたに語るひげの男がいたらお、今日は下克上か?などと下世話な
好奇心をあらわにして彼らを囃したてたかもしれない。彼らが言い合っている
会話の内容はこうだ。
「いーやーだー!俺の大事なところをゲイに見られたらどうするんだよ!」
「ゲイなんていません!」
「嘘だ!俺知ってるんだぞ!フランシスが言ってた!日本にはシュードーっていう
ゲイを尊重する風潮があったって!」
「それは大昔の話です!今そういう風潮があるのは二丁目と乙女ロードぐらい
ですから!」
「どこだか知らないけどやっぱりあるんじゃないか!離せよー!」
「お湯にタオルを入れてはいけないんです!」
 という各々の事情でタオルの争奪戦になったわけだ。腕力は圧倒的に外国人、
アルフレッドのほうが勝るはずだが規則を守ろうとする日本人、菊も易々と引く
わけにはいかずしばらく引き合いになった挙句、最終手段・風呂あがりにアイス
買ってあげませんよ攻撃の前に強敵は敗れ去る。菊の指導に従い、きちんと体を
洗ってからタオルを置き渋々ながらアルフレッドは全裸で湯に浸かった。しかし
神妙な顔をしていたのは最初だけで、そのうちプールのような湯船が面白かった
らしくクロールで泳ぎだして菊に怒られたり、たまたま口に入った温泉の塩味に
ただの水ではないと気づかされ効能の説明を受けてしきりに感心したり、屋外に
ある露天風呂にもおそるおそるついてきて遮るもののない全身で感じる自然に
おおはしゃぎでアメリカ人らしい歓声をあげてみたり、見知らぬ男性に体毛の
色を指摘されてやっぱりゲイが見てるんだー!と過剰反応気味に怯えてみたり、
とりあえずはそれなりに温泉の醍醐味を味わってくれたようだ。満足げに風呂
から上がり、備え付けのドライヤーで髪を乾かしてやると子供のように落ち着きの
ないアルフレッドが早くアイスを食べたがってせわしなく体を揺らす。アイスは
逃げませんよと苦笑して声をかけてやってもおさまることはなかった。菊が髪を
乾かしているのをじれったそうにそわそわしながら見ている。
「俺が食べたいのはね、バニラとーストロベリーとー、えーとえーと」
「…三つまでですからね」
 アルフレッドがこの温泉施設にあるアイスの自動販売機を、入る前から丹念に
チェックしていたのを菊はちゃんと知っている。ひとつだけと言ったら選ぶのに
もっとたくさんの時間を要することももちろん把握済みだ。自分は何のアイスに
しようかな抹茶か、いやチョコもいい。それ一口ちょうだい!に備えてアルフレッド
が選ぶものとは別のやつにしておこう。内心で菊もアイスのラインナップを思い
浮かべる。
「そうだ、瓶に入った牛乳も飲まなきゃ!ジャパニーズトラディショナルスタイル
なんだろ?勉強してきたんだよ!」
 不意のアルフレッドの発言に手を止め彼を見遣ると足を肩幅に広げ、腰に手を
当て、瓶を傾ける仕草を真似ている。菊は笑顔で、よく御存知ですねそのとおり
ですよと応えてやった。コーヒー牛乳、フルーツ牛乳なんかはアルフレッドは好む
だろうか、菊はまた別の選択にも思考をめぐらせる。




※体毛の色を指摘のあたり
「ねえ今の人はなんて言ったんだい?」
「兄ちゃん下の毛も金髪なんだねえ、だそうです」
「やっぱりゲイが見てるんだー!too scarrryyy!!」
「この程度でいちいち騒がないでくださいケツの穴の小さい男ですねえ」
「俺のケツの穴が小さいと君に何か不都合があるのかい?…まさか君、俺のこと
ファックするつもりじゃ…!」
「しませんよ。それにファックするならケツの穴が小さいほうがいいに決まってる
じゃないですか」
「なんでそんなに詳しいんだよおおお!too scarrryyy!!」





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