厄介な議題が早くに片付いて僕らは予定外に三日間の休暇をもらえることに
なった。アルは夜のうちに荷物をまとめていて予定を聞けばこのあと最終便で
帰る菊さんと一緒に日本に向かって菊さんの元で過ごすつもりだという。ほしい
コミックやゲームやアニメのDVDがあるし、食べたい料理もあるし、そうそう今は
ちょうどチェリーブロッサムが見頃だって言うじゃないか、菊が作ったBENTOを
持ってオハナミに出かけるのもいいかもしれないな、有意義な休暇になりそう
だよと目を輝かせて話すアルに僕はちょっとばかり嫉妬して、そのとき僕の中の
悪魔が悪いささやきをしたんだ。この三日間だけでも僕とアルが入れ替わったら
いいのにって。そうつぶやいた瞬間だ。夜空の端っこをシリウスのように明るい
光がしゅんと滑っていくのを見て、ついつい願い事を三回口にしてしまったんだ。
僕何やってんだろと我に返って一人寂しく眠りに就いたけど、驚いたのは翌朝の
ことだった。信じられないことだけど僕の体はアルになっていたんだ!温かな
布団で目覚めた僕はアーサーさん寄りの固い髪質になっていて、体つきも普段
よりどこか筋肉質だ。僕がアルになってしまったというより、僕とアルの中身が
すり替わってしまったのかもしれない。そのうちアルを起こしにきた菊さんがきっと
変な顔をしてるだろう僕に変な夢でも見たんですか?と聞いてくる。僕はこの
事態をどう説明したらいいかわからなかった。お星様に願ったら叶ってしまった
んです!なんて信じてくれないだろうし、第一願い事の理由を聞かれてもうまく
話せる自信がない。そんな度胸と話術があれば僕はとっくにあなたが好きなん
ですって言えてるはずだ。だから僕は言い出せなくて、いっそそれならと僕は
このままアルの振りをすることにした。どうせすぐに元に戻るだろうし、もし
戻れなくてもそれは休暇の終わったあとで悩めばいいことだ。やあ、おはよう
いい朝だねと挨拶すると菊さんは少しばかり面食らったような顔をしたけれど
次のタイミングには破顔して夕べは遅くに着いたことですし、もう少しお休みに
なってても構わないのですよとくすくすと笑った。いいや起きるよ、せっかく君と
過ごす休暇だからねと僕は起き上がる。そうだ、こんなチャンスは二度とないかも
しれないんだ。そうして僕の、アルとしての休暇は始まった。一番近くでアルの
言動を見てきたから演じるのは特に難しいことではなかった。僕らは言葉遣いも
似ていたし、時折素に戻って僕と言ってしまいそうになること以外は苦労はない。
アルが望んでいたように新しいコミックやゲームやアニメのDVDを手に入れて、
菊さんの手料理を食べて、美しいチェリーブロッサムを見る、それは素晴らしい
休暇だった。吹雪のように風に舞う花びらや、花びらのじゅうたん、ほんのり香る
桜の香り。バンクーバーにも桜はあるけれどこんな感動は味わえない。菊さんと
一緒だからこそ、こんなふうに嬉しいんだと僕は思う。休暇のたびにこんないい
思いをしていたのかと思うとまたちょっとアルに嫉妬した。幸運なことにお星様の
魔法は三日間解けることがなく、僕の姿をしたアルが真実を告げにやってくる
こともなかった。あんなに楽しみにしてたのにアルには悪いことしちゃったなと
少しの後ろめたさを感じつつ帰りの荷物と、アメリカ行きの航空券を手にまた
遊びに来るぞ!とアルを心がけて別れを言うと、菊さんは淡いピンク色の布に
包まれた箱を僕に手渡した。本当のアルフレッドさんと召し上がってくださいと
言って。え、どういうこと?と混乱する僕に菊さんは今度はあなた自身の体で
おいでくださいねマシューさんと微笑む。いつから僕がアルじゃないってわかって
たんだろう、どうして気づかれたんだろうと頭の中にハテナマークをいっぱい
浮かべて僕は日本を去った。アメリカに着くと重要な話があるとかで僕が三日間
居座っているのだという。僕らが顔をあわせた瞬間、ふっと意識が遠くなって
不思議なことに僕らの体と意識は元に戻っていた。仕方なくことの経緯を話せば
恨み言を散々聞かされて、僕はひたすら謝るしかなかったけれどアルの機嫌を
直したのは菊さんから持たされた箱の中身だった。あの日アルが食べるはずで
あったものと同じ花見弁当には小さな桜の枝が飾ってある。来年の桜こそはと
心に誓って、僕らは二人でBENTOをつつきながらワシントンの桜を眺める。僕と
菊さんと桜の不思議な話。





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