※初期の習作サルベージ




「…なんでフランシスなんかと会ってんだよ…」
 問いかけておきながら答えを欲しているのかいないのか、明後日の方向に
つぶやくアーサーはすでにカウンターに突っ伏して泥酔状態だった。ランプの
明かりをよく磨かれた木材が鈍く反射している。何杯目だったのか数えるのを
忘れたグラスの中で氷が崩れて音を立てた。先に酒の席にあったのは菊のほう
だったのに、いつもの責任転嫁のポーズすら忘れているぐらいだから相当無茶な
ペースで飲んでいたのかもしれない。もっと早くに制止しておくべきだったと反省
した菊が水を頼もうとしてもそれを押しのけてさらに酒をおかわりしようとする酔い
つぶれっぷりに、今日はもう連れ帰ろうと立ち上がらせるが、うまく力が入らず
ぐったりと菊に寄りかかった。ついでだからとアーサーは菊を抱きしめてしまう。
その途端、わずかに残る清潔な石鹸の香りに知っている香水の嫌な香りが
紛れ込んでいるのをアーサーは嗅ぎ分け、怒りに任せて顎を強引につかんで
くちづけると予想外に応えてくれた舌にも違和感があった。こんな胸焼けしそうな
甘いシャンパンを菊は好まないはずだ。彼は何か後ろめたいことがあって珍しく
応じてくれたのではないかと不安に襲われてで突き放したアーサーの顔面は
凍りつき、一気に酔いが冷めてしまった。不安は加速して疑いから確信めいた
ものにすりかわっていく。二人きりで密かに会っただけでなく、それ以上の行為を
していたなんて。しかし菊はといえば多少酔いはしたもののたいして赤らんでも
いない顔で口元を隠してくすくす笑っていた。アーサーの寄せられた眉根を愉快
そうに突付く指を煩わしげにさっと捕まえられ、一旦笑うのを止めたがそのうち
菊はまたぷっと吹き出した。
「フランシスさんと話していたのはあなたのことですよ」
 嘘を言うなと否定するアーサーに本当ですよと微笑む。しかし、それでも不審
がる視線は無理もない。別れ際、フランシスと不必要なキスをしたのは間違い
ないことなのだから。

「アーサーのやつ、まったく仕方ないな」
 菊が披露したエピソードにフランシスはそう言って苦笑する。いつの頃からか
覚えていないがフランシスと会えばいつだってアーサーの話題になった。この
日もそうだ。長い付き合いがあるフランシスは菊よりアーサーのことをよく知って
いて意見も合致しやすい。でしょう?と菊が笑うとああ、ダメダメだなと酷評して
グラスを傾け、時計をひとにらみするとさて、と席を立った。これからアーサーが
来ることはあらかじめ話しておいたせいだった。お邪魔虫は退散するよとグラスの
残りを一気に煽る。見送ろうと立ち上がる前にいいよいいよってと遠慮された。
その代わりにとフランシスは己の頬をちょいちょいと指す。
「おにーさんに相談料のチュウは?」
 ため息をついてもフランシスはこういう男だ。諦めた菊が渋々唇を寄せると、
急にこちらを向いて突き出していた頬ではなく直にフランシスの唇と触れ合って
しまった。よくある手だがそれに留まらずそのまま舌が侵入してくる。さっきまで
飲んでいたシャンパンの味が舌先から伝わる。呼吸の機会を奪われ、逃れようと
しても顎を掴む手はなかなか許してはくれなかった。やっと解放されて、涙を
滲ませて見上げたフランシスは満足そうに笑ってごっそーさんとウインクを残して
去っていった。

 経緯を語ると、アーサーにはさっきより深い眉間の皺が刻まれていた。怒りの
せいか、握られた拳はわなわなと震えている。あっさり罠にかかった自分に
対する怒りかと菊は一瞬思ったが、どうやら違うようだ。あんにゃろうぶっとばすと
殺気のこもった台詞に、ご愁傷様と内心で手を合わせてそれでも懲りないだろう
姿がはっきりと目に浮かぶようで、菊はこっそり笑みをかみ殺した。アーサーは
再び注文した水を今度はおとなしく取って飲んでいたが、ふと厳しい目を菊に
向けた。
「で、お前は俺をダシにあいつと会うのを楽しんでいるのか。それとも逆か?」
「…さあ、どちらでしょうね」
 菊は逃げもせずまっすぐに受け止めてただあいまいに笑むばかりだ。





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