茶が出るのを待つあいだ気まぐれに縁側に立ち、庭の隅に楚々と咲く紫の花と
ペン先のようなつぼみを見つけて、フランシスはおっアイリスだなと嬉しそうな声を
上げた。日本ではあやめと言いますよ、お花にも詳しいんですねと菊が感心した
ように急須を傾ける手を止めて言うと、まあな、花は愛の告白に欠かせないし、
特にアイリスはうちの国花だからとフランシスはちゃぶ台へと戻ってくる。国花は
百合ではなかったのですか?と首を傾げる菊に、それがいまいち決まってないん
だよなーとあごヒゲを撫でながら難しい表情をした。注がれたばかりの熱い茶に
口をつけ、あちちと言いながらもフランシスは一口玉露の苦味と香りを楽しんで
一息つく。百合にアイリスにマーガレットなんかも国花だって言うなとフランシスは
笑う。それに対して菊は口を開きかけて途中でためらい、言うべきかどうか迷いを
見せた。どうかしたか?と聞かれ、口元を袖で覆ってやはり言いにくそうにすると
隠し事は良くないなーホラ、おにーさんに話してみなさいとまるで年上のような
口振りでフランシスは催促する。そこまでもったいぶる話ではないし、隠そうと
すればするほど意識してしまうのは自明の理。仕方ないと菊は妙に頬を赤くして
語る。実は日本で言うマーガレットはフランスのマーガレットではないんです。
フランスのマーガレットは、日本ではフランス菊と…。そこまで言い終えると菊は
いよいよ耳まで赤くして俯いてしまった。マーガレットとフランス菊はよく似た花
だが、花弁の形や花の咲く回数、茎などに違いがある。しかしそんな野暮な
ことを言いたいのではなく、フランシスの国としての名と己の真名がつなげられた
名称を広く一般に用いられているのが、この慎ましやかな男には恥ずかしくて
たまらないのだ。にやにやと見つめる俯いた顔から、ちらちらと不安げに反応を
窺う可愛らしい仕草まである。それを見たフランシスは気分が良くなって、うん
次はフランス菊の花束を持ってきて飾ってもらうことにしよう、よし決めた決めたと
独り言のようにつぶやいてこの日持参し、菊の手によって活けられた香りのいい
白百合を見つめ、やはり花は愛の告白に欠かせないものだと喜びに弾む内心で
思った。マーガレットの花言葉は「恋を占う」。さてその恋はどちらへ転がるのか、
すでに答えは明白であった。





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