※反省したので改めて1999年七の月パロのような




 俺と菊が育ったのは貧しい山村の小さな小さな孤児院だった。お互いどうして
親に捨てられたのか、幼いながらも知っていた。貧しさゆえ食い扶持を減らす
ためだ。同じような境遇の子供が浮浪児となりマンホールの下、地下を通る温水
パイプで暖を取り身を寄せ合ってたくましく生きている話も噂には聞いていたが、
この孤児院の暮らしは一見彼らよりはマシに見えて、一部の者には地獄だった。
そう、菊には。俺と時を同じくして拾われた菊は生まれつき体が弱く、そのせいか
自分からは何も主張できない、いつも沈んだ表情をした子供だった。そこに付け
込んだ院長は過酷な労働ばかりを強い、ろくな教育も施さなかった。寝込んで
しまうこともたびたびあり、兄弟のように育ってきた俺は片時も離れず看病した。
そんな俺に舞い込んできたのは子のない金持ちが俺を養子として引き取りたいと
いう申し出だった。勉強もできたし、磨けばそれなりに映える容姿をしていたの
だろう。引き取り手としては申し分ない相手だが、菊ひとりを残していくわけには
いかなかった。菊と一緒じゃなきゃ俺は行かないと断る。すると金持ちは菊という
のはどんな子だねと興味を示し、院長に連れてこさせた。怯えるように金持ちを
見上げる痩せぎすの小柄な体。養子どころか、働き手にもなりはしないだろう。
けれど俺は不格好な白詰草の花冠ひとつでどんなふうに菊がきれいに笑うのか
知っている。誰にも教える気はない。その笑顔も、優しさも、全部全部俺だけの
ものでよかった。意外なことに、金持ちは菊と一緒に引き取ってもいいと言う。
ただし、菊は使用人としてだ。それでもここから逃げ出せるのだからラッキーだと
思った。将来俺が金持ちの跡を継いだら菊を一生守ってやれるのだ。俺はそう
信じて、金持ちの養子となった。菊は雑用などさせられていたが、孤児院にいた
頃のようなひどいものではなく安心していた。しかし、すぐに菊の表情は元の暗い
ものに戻っていってしまった。はじめは慣れない暮らしのせいだと思っていたが、
何年経っても変化はなく、問い詰めても菊はなんでもないんですとあいまいな
笑みですぐにはぐらかされてしまう。俺はその頃、良家の子女が集う学校を卒業
した。次は大学だ、大学を卒業して、養父に認めてもらえたら屋敷を離れて菊と
二人だけで暮らそうと決めていた。その夜だ。いつものように、菊が知り得ない
外の暮らしを話してやろうと部屋に向かうと菊はいなかった。まだ仕事が残って
いるのかと探し歩けば広大な庭の隅にある粗末な物置小屋から小さな話し声が
聞こえてきた。菊の声に違いなかった。そっと近づき、ドアの隙間から覗くと
性器を露出した養父が裸に剥かれた菊の上に圧し掛かり、やがて口に布を
詰め込まれて悲鳴も上げられないまま容赦のない性交が始まった。菊がこの
屋敷に来てから一層表情を失くしていたのは養父のせいだったのだ。菊は俺の
ためを思い、誰にも打ち明けず耐えていたのだ。俺は愕然として怒りに打ち
震え、鈍器を取り小屋の中へと飛び込んだ。今まで何回菊を犯した、静かな声で
そう問うと尋常ならざる様子に慌てながらも、もう覚えていないと養父は言う。
だが誘ったのはこいつなんだ、私は悪くないんだと続く見え透いた嘘の言い訳は
俺の怒りを増大させるばかりだった。十回か、二十回か、百回か、千回か!
答えを求めず問いながらその分だけ鈍器を振り下ろし続けた。途中身動きの
なくなった養父が既に死んでいたのはわかっても止める気など起きなかった。
菊が泣きながら止めるまで、血飛沫が顔や手や衣服を染めるまで、憎しみは
尽きなかった。上がった息のまま無残な死体を見下ろす。養父であった男の死に
もはや何も感慨はなかった。菊はひどく青ざめて、さめざめと泣いていた。俺は
逃げようと言った。二人で逃げよう。菊は流れる涙のまま困ったように笑い、はい
と頷いた。足のつかない現金だけを屋敷から奪い、汚れた服を燃やし、俺たちは
暗黒街へ向かった。そこは人殺しだろうと生きていける町だ。隅の床に座るのが
やっとの、人が大勢詰め込まれた狭い汽車に揺られ揺られて数日。降客の波に
押されるまま汽車を降りた暗黒街の陽射しは、どこよりも明るくまぶしかった。
半ば雑草のような花ばかりを売るストリートキッズから懐かしい白詰草の花束を
買い、菊に渡すとあの頃のような笑顔が戻っていた。成功を約束された未来より
大切なものだ。これこそが俺の生きる糧だ。俺たちはここで生きていこう。二人で
そう決めた。





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