スーパーのビニール袋をぶら下げ、台所借りていい?と尋ねると馴染みの薄い
メイドは明らかに怪訝な顔をした。ちょっと料理をしたいんだと目的を告げると
コックが慌てて出てきて自分の作るものは舌に合わなかったのかと聞かれ、
そうじゃないとアルフレッドは首を振る。坊ちゃまがわざわざ料理なさらないでも
食べたいものでしたらなんでも作りますよとなかなか引き下がってくれない彼ら
だったが、どうしても作りたいんだ、頼むよとあるじに頭を下げられてしまえば
使用人である以上無下に拒否することはできず、かくしてアルフレッドは広い
広いキッチンでひとり包丁を握った。慣れた手つきで肉と野菜を切り、炒めて
煮込んでる合間に別のフライパンで小麦粉を炒めていると、へえうまいもんだな
と感心した様子でアーサーが手元を覗き込んだ。珍しく暇があったようだ。誰も
入らないように言ってはおいたけれど、兄に命令はできるはずもない。仕方なく
不躾な視線に耐えながら手順を進めると、カレー粉のにおいが部屋中に漂った。
カレーか、とアーサーは独り言のようにつぶやいた。
「昔、庶民の食べ物が食べたいと菊にねだったら作ってくれたことがあったよ。
うまくてな、菊がいなくなったあと食べたくなって自分で作ろうとしたが作り方が
わからなくてひどいもんになった」
 アーサーは遠い目をして、陽射しの差す大きな窓の向こうをぼんやり見つめて
いた。かつては菊も兄のためにこのキッチンに立ったのだと思うとアルフレッドは
新鮮な喜びを持って料理に向き合うことができた。ありふれた道具のひとつ
ひとつが愛おしく見えさえする、不思議な気分だった。
「…俺んちはね、祝い事はいっつもカレーだったよ。調理実習で習った粉から作る
カレーを家でやって見せたんだけどすっごくまずくてさ、でも菊はおいしいって
言ってくれて、練習を重ねるうちにだんだんうまくいくようになったんだ」
 野菜を切る危なげな手つきをハラハラ見守る菊の口出しが鬱陶しくてあっち
行っててよと邪険にしたこともあった。作った本人でさえまともに食べられない
ひどい出来を笑って一皿平らげてしまった菊。はじめてうまくできた日の喜び
ようは尋常ではなかった。祝い事に作ってあげるとそれはそれは嬉しそうにアル
フレッドを撫でてくれたのだ。
「…そうか。今日は菊の誕生日か」
 黙り込んでしまった弟に代わりアーサーが答えを出すと、鍋の中身を見つめて
いたアルフレッドはその一部を小皿にとり味見をした。いつもどおりのはずの
カレーのなんと塩辛いことか。己にも身に覚えのある余分な塩のせいではない
塩辛さの原因を、アーサーは見なかったことにした。
「それ、俺にも食わせろよ」
 ぶっきらぼうに言うアーサーに、アルフレッドは無言で頷いた。元から複数人
分の量はあったのだ。けれど真にそれを味わうべき菊の行方はまだようとして
わからなかった。





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