※死にネタ注意!
※銀河鉄道の夜パロのような


 他の乗客が南十字駅ですっかり降りてしまうとがらんとした車内には沈黙が
降りてしまった。蒸気の音も車輪の音もしない不思議な汽車は静かに銀の粒を
散りばめた星の海の真ん中をすべるようにして走っていく。また二人だけに
なったねと嬉しさを隠し切れず言うと菊は俯いた顔を上げ、そうですねと優しい
笑みでフェリシアーノを見る。俺たち一緒にどこまでも行こうね。笑い返すと菊は
それができたらどんなにいいかと目に涙を溜めた。下を向くとひとつのしずくと
なって落ちる。それは凍ったダイヤが温かい頬で溶け出したような透明な水滴
だった。大丈夫、俺たちきっとどこまでも一緒に行けるよと誰もいないのをいい
ことに目元にくちづけると菊は黙って受け入れた。期待に反して菊の涙は何の
味も持たなかったが、その喜びが心を満たした。やがて行く先に真っ黒な大きな
穴が見えてきた。石炭袋だと菊は言う。汽車はその中へと突き進んでいく。何も
見えない、月のない闇夜よりも暗く冷たい穴はどこまでも続き、果てがなかった。
しかし菊は外を見つめ、きれいな野原ですねと微笑むのだ。身を乗り出して
見回してみても、フェリシアーノにはどこにも野原が見つけられない。代わりに
ほの暗い灯りのともる電柱が孤独に立ち尽くしているのが見えてきて、瞬く間に
通り過ぎる。フェリシアーノは突如言い知れない不安に襲われた。その空虚を
埋めるように三度どこまでも一緒に、と言いかけたところで菊の姿がないことに
気がつき、慌てて立ち上がった。通路の先で次の車両へと続く扉が閉まるのを
見つけて、胸に穴が空いたような底知れぬ恐ろしさに突き動かされ駆け出すと
そこではさらに次の扉が閉まっていく。そうして姿の見えない鬼ごっこを汽車の
後ろに後ろにと繰り返し、とうとう汽車の最後尾に着いた。待ってよ、俺たち
どこまでも一緒だって言ったじゃないか。だが菊はフェリシアーノの声も聞かずに
デッキに飛び出した。すぐにフェリシアーノも外に出ようと扉に手をかけるが、
どんなに力を入れても扉が開く気配はない。開けてよ、ねえ、菊!どんどんと
叩くガラス戸の向こうに菊は立ち尽くしたまま応じようとはしない。その口が
何事かをつぶやいた。さようなら、フェリシアーノくん。そう読めた。そのまま
闇の中に菊の後姿が消えていったあとは墨で塗りつぶしたような真っ黒な闇が
どこまでもあるばかりだった。ついに一人きりになってしまった。泣きたいのに
涙が出ず、とぼとぼと元の座席に戻っていった。汽車は走り続けている。衝動の
ままに菊の名を叫んだ。答える者のない声はむなしく星々に反射して銀河の
隅々まで響いて振動するのだった。目を覚ますと、野原に寝転んでいた。なんだ
全部夢だったのかと安堵し、兄の待っている家に急ぐ。するとその途中でひどく
青ざめたルートヴィッヒに会った。大変だ、菊が溺れたアーサーを助けて川に!
息せき切って駆けつけた夜の川は黒く、のっぺりとした闇が横たわっている
ようだった。時間が経ちすぎていると捜索を見守っていた大人たちは一人、また
一人と諦め顔で去っていった。菊は見つからない。じわりじわりと溢れてきた涙が
こぼれないようにフェリシアーノは夜空を見上げた。ああそうだ、俺たちはあそこを
一緒に旅をしてきたんだ。菊はあの銀河のどこかにいるのだろう。





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