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※死にネタ注意! ※ノッキンオンヘブンズドアパロのような ※未完成 いつか死ぬことを忘れて生きている人間が多すぎる。その一人だった俺を見事 ゴールテープ寸前のマラソンコースに引きずり下ろしたのは体調の悪さに受診 した医者の言葉だった。骨髄腫です、余命はあと一ヶ月。あまりの呆気なさに 涙も出やしない。残り少ない人生に足りないものがいくつも浮かんでは消えた。 恋に結婚に名誉に財産に… 「一杯いかがですか?」 そうだ酒だ。なんというタイミングの良さ。はかったように横からテキーラの瓶を 差し出したのは隣のベッドの男だった。名前は本田菊。同じ日に入院した、同じく 一ヶ月の命の脳腫瘍患者だ。確かに飲まなきゃやってられない。俺たちはより 美味く飲むために調理室に侵入した。テキーラにレモンと塩は欠かせない。瓶を 半分ほど空けて、取り留めない身の上話の果てに菊は言った。 「知ってます?天国じゃみんな海の話をするんですよ」 「本当か?」 「ええ、海を見たことはありますか?」 「いや、ないな」 「じゃあ見に行きませんか?」 俺にはそれが素晴らしい提案に思えた。ああ海、すべての命の生まれた場所。 この命の終わりになんとしても一目見なければ。酔いのせいもあって俺たちは 駐車場に止まっていた車を失敬し、走り出した。これぐらいは神様も大目に見て くれるだろう。長い道のりの始まりだ。 (力量不足につき中略) ついに海が見えてきた。生臭い潮風が鼻をつく。寄せては返す波は絶え間 なく、砂浜の向こうどこまでも続いている。圧巻だ。してやったりといった表情の 菊と視線を合わせ、次の瞬間には先を競うように車から飛び出した。砂に足を 取られながら波打ち際に濡れる靴も服も構わずばしゃばしゃと踏み込んで子供の ようにはしゃいで水を掛け合った。冬の海岸では誰に見咎められることもない。 ひとしきり遊んで疲れたあとは砂浜に腰かけ、車からテキーラの残りを持ってきて それを分け合いながら飽かず海を眺めた。どれぐらい時間が経っただろうか。 十分か、二時間か。波音は時間の経過を忘れさせる。肩に重みを感じて隣を 向くと、菊は眠るように俺の肩にもたれている。口元には笑みが浮かぶ。さては いい夢を見ているのだろう。先に行った薄情さに文句を言おうとして思い直し、 テキーラをあおりながらまあどうせすぐに会えるしなとつぶやいた俺の声を、海鳥 ぐらいは聞いていたかもしれない。海は変わらず穏やかだった。 |