仕事の話を終えるとあとは血生臭い戦争ことなど忘れてしまいそうな和やかな
歓談となった。芸術に造詣の深いローデリヒの話は菊にとって興味深いばかりで
時間が経つのもあっという間だ。そこへノックがふたつ。開いたドアの隙間から
家主であるルートヴィッヒが顔を出し、おい、客人が来てるぞとローデリヒを呼び
寄せた。ローデリヒは失礼、少々席を外しますのでそこにある本は自由に見て
いて構いませんよと膨大な量の書物を指し、菊の了承を得て部屋を出て行った。
アポのない客は困りものですねと皮の手袋を嵌めながらつぶやくローデリヒに、
既に同じものを身につけたルートヴィッヒもまったくだと応じて地下へ続く階段を
下へ下へおりていく。やがて燭台の明かりのみが頼りの深い闇の中、重い鉄の
扉に隔てられた冷たい地下室に二人はたどり着いた。そこには上半身裸の、
手足を縛られた男が無様に床に転がされている。男は真新しい傷だらけで、
ルートヴィッヒの顔を見るとヒイッと悲鳴を上げて不自由ながら必死にもがいて
後ずさりする。用事があると言って茶席を共にしなかったルートヴィッヒは暗殺者
として侵入してきた男を締め上げていたのだが、力に屈指はしたもののなかなか
強情で口を割らなかったのだ。ローデリヒはあなたは甘いんですよと妖しく笑う。
一歩ローデリヒが歩み寄ると不穏な空気を感じ取った男は殺さないでくれ!と
命乞いをはじめた。ええ殺しはしませんという言葉にわずかにほっと胸を撫で
下ろすが、それはつかの間の喜びに過ぎなかった。ルートヴィッヒ、あれをと
取り出させたものに怖気が走った。葉の形をした刃がいくつもついた鎖の鞭を
じゃらりと鳴らし、ローデリヒは再び笑い、宣告する。じきに死にたくなります。
男の悲鳴は分厚い扉の奥に封じられ、闇に深く沈んだ。ようやく戻ってきた
ローデリヒがお待たせしましたと席につく。白い袖に赤いものを見つけた菊が
お怪我でもされましたか?と尋ねるとああさっき引っ掛けてしまったんですよ、
でも大丈夫ですと優雅に笑い、茶のおかわりを促してその話は終わりになった。





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