※log106の英米兄弟版です




 護衛を条件に居候させてもらっているというのにアルフレッドは朝食のあとすぐ
釣りに出かけてしまったという。山あいの小さな村だ、目新しいものは何もないが
自然だけは有り余っている。そんな環境はあいつにとっては辺り全部が遊び場に
見えるらしい。まだまだガキだなとため息をつく。元々俺たちは軍人だ。精神年齢
以前によくそんな性格で規律の厳しい軍隊生活を遅れていたなと思わないでも
ないが何を言ってもどうせ本人には響かないので放置している。大体菊が文句を
言わないのも悪いんだ。診療中はお二人に構っていられませんのでどうぞ好きに
過ごしててくださいなとほったらかしだ。しょうがないから暇つぶしに家庭菜園に
ちょっとした花物しかなかった粗末な庭に薔薇や薔薇の映える草花の苗を麓で
買ってきて趣味の庭いじりに励む。軍人だった頃は時間がなくて庭は荒れ放題
だったからこうして手をかけられるのは純粋に楽しい。それでも警戒は怠らない。
護衛を引き受けたからには完璧に遂行する。特に何か見返りを期待しているわけ
じゃない。ただ菊が命の恩人というだけであって、別に特別なことは何も…
「…どうでもいいけど"お客さん"来てるよアーサー」
 魚の跳ねるバケツと釣竿の代わりに銃を持っているアルフレッドが俺の思考を
妨げる。出て行くときも鉄砲玉なら帰るのも早い。ああわかってると俺も腰の銃を
確認する。だが殺傷が目的ではない。万が一のときに音で菊に危険を知らせる
ためだ。菊もまた軍に追われる身、さらに最高機密の生きた証拠である俺たちを
匿っていたとなればタダでは済まされない。並の人間ではない俺たちなら大抵の
ことはどうにかなるとしても銃ひとつまともに扱えない菊では。しかしそれも慎重を
期してのことでしかない。万にひとつも俺たちが負けるなんてあり得ない。
「数は?」
「10、11…12ってところかな」
 アルフレッドは鼻をわずかにひくひくさせて答える。犬と合成されて得た嗅覚は
俺より鋭い。信用していいだろう。同じ人体実験を受けても合成された生き物が
違う俺の得意分野は嗅覚ではなく聴覚だ。
「1時の方向850メートル。無線機持ってるやつが頭だ。まずそいつから潰せ」
 正確な居場所をつかまれるのも増援を要請されるのも厄介だ。オッケーと軽い
返事でアルフレッドはさっと藪の中に消えた。あとは任せておくのがいい。銃を
持った軍人に丸腰で立ち向かうなんて真似が出来るのはあいつぐらいだ。俺の
役割はアルフレッドが害虫を駆除しているあいだ、不用意に俺たちの縄張りに
踏み込んだやつを速やかに排除することだ。俺には爪も牙もない。せめてナイフ
ぐらいは許してほしい。どこかの躾のなっていない犬みたいに玩具を必要以上に
なぶったりしないだけマシなんだからさ。

「バレないとでも思ったんですか?嘱託とはいえ元軍医を舐めないでください」
 使えるものは頂戴して、中身は簀巻きにして川に流して駆除は隠密裏に完了。
…なのに菊は敏い。わずかな血臭から何があったのか勘づいてしまう。多少の
流血ぐらい何だ。誰のために手間かけて息の根を止めず済ましてやってるのか
わかっているのか?うるせーなと思いながらアルフレッドのかすり傷を丁寧に
手当てしている菊をにらむ。
「しょうがないんだよ、あのヒトあんまり実戦経験ないから」
 実の兄を"あのヒト"呼ばわりした随分な物言いでアルフレッドはハハと軽快に
笑う。そもそもお前が怪我しなきゃ菊にバレなかったかもしれないのによく笑って
いられるなちくしょう。我が弟ながらこの憎たらしさは誰に似たんだか。佐官にも
なるとそんなに現場に出なくていいんだよ。
「ていうか獣化するときのアーサーってば戦闘意欲削がれるんだよ、大の男が
ウサ耳って笑えない」
「私は可愛らしいと思いますけどねえ、垂れ耳」
「君は悪趣味なんだよ、垂れ耳なら俺のほうが可愛いだろ」
 自分を指すや否や金色の毛の生えた垂れ耳がアルフレッドの頭ににょきっと
現れる。尻尾も出そうと思えば出せるが着衣のままだと窮屈なんだろう。菊は
嬉々として耳を撫でたり軽く揉んではやたら可愛い可愛いと褒めそやす。その
光景になんだかムカついて俺もウサギの耳を出した途端、菊の両目がキラキラ
光ってウサ耳!もふもふ!と騒ぎだした…が、これはこれで面白くない。頭を
振ると左右でぶらぶら触れる無駄にでかい耳は菊のお気に入りだった。俺じゃ
なく、邪魔くさい垂れたウサギの耳が。
「正直なんでウサギと合成する必要があったのか意味不明だよ」
 それを言うな。俺だって意味がわからないんだから。どうしてウサギなんかの
遺伝子が俺の遺伝子とうまく同居してるんだ。他に何か見栄えのいい動物は
いなかったのかよ。菊に可愛い可愛いと耳を頬擦りされるたびに愛玩用という
言葉が脳裏をちらつく。腹が立って、同時にちょっと嬉しい。複雑だ。
「いいじゃないですか、可愛いは正義なんですから」
 菊はそう笑って診察室に戻って行く。まだ診療時間の途中だった。小さな村
ではあるが他に医者がいないので患者は老若男女ひっきりなしだ。その大事な
患者を置いてアルフレッドを治療してくれたのは菊なりに俺たちを心配してくれて
いる証だった。変なやつだけど、いいやつだ。閉まったドアをぼんやり見つめる
横顔に嫌な視線が突き刺さる。
「俺が思うに、君とウサギの相性が合ったのって年中発情期って共通点からだと
思うんだぞ」
 黙っておいたほうがいいかい?とニヤニヤ笑うお前こそオイシイ肉を味わって
みたいんだろうが。これだからケダモノは。俺たちの獲物は手を伸ばせば簡単に
届く場所にある。舐めて、かじって、味わいたいと思うのは草食のウサギのせい
じゃないんだろうなァ。





ブラウザバックでおねがいします