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朝七時、カークランド家の目覚まし時計四つが一斉に鳴ってすぐに止まった。 しかし数分後、寝室のある二階から下りてきた足音は結局ひとつだけ。おはよう ですよーとおいしそうなにおいのするキッチンに元気よく顔を出したのは四男の ピーターだ。おはようございます、今日も一番ですねと菊は笑顔で声をかける。 きちんと身につけられた小学校の制服は改めて正すこともない。当然ですよ! 忙しいならお手伝いしてやってもいいですよと一番乗りを褒められてほくほく顔の ピーターだったが、では顔を洗ってきたらお兄さんたちを起こしてきて下さいなと 何でもないことのように朝食とお弁当の用意を続けながら頼まれてその表情は 急転した。一番面倒なことを押しつけられたですよ…と内心ガックリしつつも菊に 任せるにはあまりに重い役割だ。それにやり口がぬるい菊では五人全員、朝食 どころか昼食まで食いっぱぐれてしまう上に、もうこんな家は嫌だと言い出したら 我が家の食事は三食愛情の代わりに呪いが込められているのではないかとさえ 思うアーサーの手料理に逆戻りになってしまう。恐ろしい悪夢に身震いしつつ、 ピーターが洗顔と歯磨きを終えて早速向かったのは三男のマシューの部屋だ。 白い熊のぬいぐるみを抱いてむにゃむにゃ二度寝を貪るマシューを起こすのは 簡単。キッチンから中華鍋とお玉を借りてきて楽器のように鳴らして朝ですよ! 朝ですよー!と喚くだけでいい。夕べちゃんと乾かさないで寝たのか何事だい! と飛び起きたマシューの髪には見事な寝癖が出来ていたがそれは別にいいと して、ピーターは次男アルフレッドの部屋に向かう。物が片付いて観葉植物を いくつか置いて居心地のいいマシューの部屋とは違ってアルフレッドの部屋は ゲームや漫画が床中に散らばっている。そして何にも聞こえませんとばかりに 二度寝を決め込んでいるアルフレッドがまた難関だった。中華鍋とお玉では最早 どうにもならず、ピーターが取り出したのは銃声を取り込んだiPod。イヤフォンを アルフレッドの両耳に押し込んで最大音量で再生すると何事だい!と双子だけ あってマシューと同じことを叫びながらアルフレッドは跳ねるように飛び起きた。 咄嗟に身構えて部屋中見渡してからあれ?とやっといつもの作戦で起こされた ことに気がついたアルフレッドはまだアーサーは起きてないね?と悪童の顔で 確認する。こくりと頷いたピーターは頼もしい助っ人を仲間にラスボスたる長男 アーサーの部屋を目指した。本の多い室内でアーサーは目覚まし時計を止めた 姿勢のまま二度寝に至っている。ピーターとアルフレッドは視線で合図しあうと それぞれ本棚によじ登って同時にアーサーの真上にダイブした。小さいピーター ならともかくアルフレッドはもう高校生だし大柄で筋肉質だ。声にならない悲鳴と 共に強制的に目覚めさせられたアーサーはお前ら…覚えてろよ…と一言残して 再び夢の世界に送られた。日頃の鬱憤を晴らしてハイタッチしあうそこに、早く しないと冷えちゃいますよと朝食の支度を終えた菊が様子を見に上がってくる。 まだパジャマ姿のアルフレッドとマシューは着替えのために一旦部屋に戻って、 菊が最も寝起きの悪い、というより強制的に三度寝に追いやられたアーサーを 最終兵器・濡れタオルで起こすと朝の恒例行事はおしまいだ。各々バラバラな 好みに合わせてプレーンオムレツ、ミートオムレツ、スクランブルエッグ、サニー サイドアップ、果物のジャム、ピーナツクリーム、メイプルシロップ、チョコレート クリーム、紅茶、コーヒー、オレンジジュース、牛乳に彩り鮮やかな野菜サラダ、 焼いたベーコンやウィンナーを取り分けて兄弟とプラスひとりの朝食を終えれば 彼らはそれぞれの菊お手製の弁当を携えて学校へ出発する。元は下宿の身で あった菊が家事、特に料理を担当するようになって兄弟の食生活は大いに改善 した。アーサーには嬉しくもあり、ちくしょう何が違うんだと悔しくもある。けれど それはそれとして。 「おい、もたもたしてっと置いてくぞ!」 食器を手早く食洗機に突っ込んでから慌てて身支度をする菊を、同じ大学に 通うアーサーは何だかんだ文句を言いつつ玄関先で待っている。 |