攻撃の要であるルートヴィッヒが重度の胃痛によりひと月ものあいだパーティを
離脱することになった。フェリシアーノは一応騎士見習いではあるが、基本的に
戦闘が好きではないので逃げ出すこともしばしば。戦闘不能で棺おけに入って
いることも多いおかげで力量的にも戦力としてあまり期待出来ない。残る菊は
回復魔法や補助魔法を得意とする術師で、唯一の攻撃手段は本来は巨大な
白い狼の魔物であるぽちくんの封印を解くことで、移動中に遭遇する魔物程度
ならばルートヴィッヒを欠いてもやり過ごすことも可能だろう。しかし不運なことに
ちょうど強力な魔物の巣窟である山岳地帯を越えた町に届け物をする依頼を引き
受けたばかりだったのだ。二人ではこの依頼の遂行は難しい。そういう事情が
あって病床のルートヴィッヒと相談した結果「いろいろ問題があって決していい
助っ人とは言えないが、とりあえず暇で戦力になりそうなやつなら心当たりが
ある」と本音をありありと表した苦々しい顔の提案に頼ることになった。不測の
事態とはいえ胃痛の原因がまたひとつ増えてルートヴィッヒは深々とため息を
つく。そうして旅立ちの前日、助っ人と待ち合わせをした酒場で二人は食事を
取っていた。酔いを残さないように酒を控えたせいでカウンターでぎゃあぎゃあ
騒いでいる酔っ払いが気になってしょうがない。約束の時間を大幅に過ぎても
それらしき人物は見当たらないし、フェリシアーノで遅刻には慣れっこでも菊は
"いろいろ問題があって"というルートヴィッヒの言葉を思い出して不安を覚える。
なんでも助っ人は聖騎士で、ルートヴィッヒと並ぶ剣の腕と多少の回復魔法を
操るやり手の冒険者らしい。ならば何故"暇で問題がある"のか。知り合いの
手当たり次第に発砲して敵味方知ったこっちゃない銃使いや、敵にも味方にも
時には本人にもダメージを与える厄介な召喚師みたいな助っ人なら非常に困る。
ルートヴィッヒがそんなリスクを背負わせるわけはないとわかっていても身構えて
しまう。目印は銀髪に赤い目をした男で、ひとりで騒いでいるからすぐにわかると
いう。遅刻常習犯のフェリシアーノですらまだ来ないのかなあ〜?と焦れ出した
瞬間、カウンターの酔っ払いがひとり楽しすぎるぜー!と叫んだ。その台詞に
何やら妙な引っかかりを感じて菊は酔っ払いをよく観察する。その髪は銀色で、
白を基調とした鎧装束には黒い十字の紋章、目の色は遠目で確認出来ないが
おおよその特徴からして彼が件の助っ人である可能性は高い。一旦視線を外し、
もしかしてアレが?とビールマグを片手に騒ぐ男を再度確かめる。見間違いでは
ないようだ。菊は眉をひそめつつフェリシアーノ君…あの人、じゃないですかね…
と出来ることなら見間違いであってほしかったやかましい酔っ払いを目の動きで
示す。フェリシアーノはチラリと見てすぐ菊に向き直ってまさかぁー!と笑顔で
否定した。で、ですよねー!と応じたいところではあった。けれど突然その男が
こちらに気づいたのだ。何だよお前らいたんじゃねーかよ!早く声かけろよなー!
と明日出立するというのにべろんべろんに酔った男は馴れ馴れしく肩を組んで
きて二人の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。ルートヴィッヒから彼には一目でそうと
わかる二人の特徴が正確に伝えられていたようだ。こんなカワイコちゃんと冒険
してたのかよーずりーぞルッツー俺も次から仲間に入れてもらおーケセセセ四人
楽しすぎるぜー!と二人の冷たい目を気にも留めず泥酔聖騎士は笑う。それが
ルートヴィッヒの兄で"決していい助っ人とは言えない"ギルベルトとの出会いで
あった。

 案の定二日酔いを残したまま町を出ることになったギルベルトは頭痛いだるい
眠い気持ち悪いとぶちぶち文句を言いながらも確かに戦力になった。ムキムキ
騎士であるルートヴィッヒに体格は劣るものの腕力の差を補って余りある剣技は
賞賛する他ない。ただ回復魔法は不得手のようで魔物の群れの中心に単独で
斬り込んでは必ず怪我を負ってしまう無茶な戦法のフォローをするのはもっぱら
菊の役目であった。およそ聖騎士の名に相応しくないめちゃくちゃなやり方は
ギルベルトの性格によるもので、戦闘においても堅実で実直なルートヴィッヒと
同じ血を引いているとは思えない。手当てをするたびに少しはこちらの気持ちも
考えてくださいよフェリシアーノ君は味方が怪我するの本当に嫌なんですからと
菊はよく愚痴を零したが、ギルベルトはこれが俺の性分なんだからしょうがねー
だろとふてぶてしく開き直るだけで痛々しい傷を見せつけられるのは菊の心も
少しだけ痛んだ。扱いづらい手合いではあるけれど長く行動を共にしていれば
見えてくるものもある。ギルベルトの無鉄砲な戦い方は戦闘が好きではない
フェリシアーノに戦うことを強制せずに済むのだ。騎士見習いのフェリシアーノに
とってそれはいいことではないのかもしれないが、無理強いしたくない菊には
ギルベルトなりの仲間に対する優しい気遣いに見えた。ただ菊に対してはその
限りではない。ここらで野営しようという頃になる前に魔力がギルベルトの回復
のみで尽きてしまうことも多かった。するとギルベルトは何だもう打ち止めか?
東方一の術師もたいしたことねーなとその日どれだけ菊に回復魔法を使わせた
のかすっかり忘れて辛辣な悪態を吐いてばかりいる。仲間思いなのかそうでは
ないのか図りかねる気質に菊はルートヴィッヒの表情や言葉の理由を思い知る。
それでもギルベルトは菊を馬鹿にしているわけではなかった。同じ回復魔法でも
治癒の度合いは神の加護を受けたギルベルトより菊のほうが勝ると認めている。
だから菊の魔力が尽きたからといって今更自分の回復魔法で乗り切ろうという
気にはならないらしく、今日はここで休んじゃおーぜ!と早々と野営を決め込んで
しまう。魔力が尽きた術師ほど無防備なものはない。そんなときギルベルトは
見張りは任せてお前は寝てろ!と菊から目を離すことはなかった。口は悪いが、
根は優しい男なのだと密かに思う。ギルベルトの助力で平穏無事に依頼を完了
して元の町に戻った日にはルートヴィッヒも快復して三人を迎えた。ギルベルトが
兄弟の再会を喜ぶ一方、二人に迷惑をかけなかっただろうなとルートヴィッヒは
早速詰問した。迷惑なんてかけちゃいねーよ俺様の大活躍で依頼も遂行出来て
二人とも大喜びだよな!と真実味に欠けた返事で高笑いする兄を横に放り出し、
質問の矛先を菊に向ける。本当に迷惑をかけなかったか?と聞かれて答えに
困った。迷惑と言えば大迷惑だった、反面楽しいことも嬉しいこともあったのは
否めない。とにかくギルベルトはその性質ゆえに元々ひとりで冒険者をしている
のでここで別れ別れになる。菊は途端に心配になった。回復魔法が使えるから
あんな戦い方で構わないのだ、わかってはいる。でもギルベルトの回復魔法で
追いつかないほどの大怪我を負ったら?怪我で動けないときに助けに来てくれる
仲間は?悪い想像が次々に浮かんでは消えて心臓を鷲づかみにされたような
不安に襲われて逃げ道もない。菊はパーティのリーダーであるルートヴィッヒを
縋るように見上げて言った。こんなに世話の焼ける人を野放しにするのは世界に
とって迷惑でしかありませんよ、仕方ないから我々で面倒見てあげるのが一番
いいと思います。ギルベルトはあんだと?と憤慨したが、ルートヴィッヒはその
真意を汲み取ってくれたようだ。ルートヴィッヒ自身、内心では兄の身を案じて
いたのだろう。菊の頭を子供にするように撫でながらああ、それがいいなと苦笑
する。初日のギルベルトの発言の通り、その日からパーティは四人になった。
今ひとつ納得がいかない様子のギルベルトは相変わらず回復魔法は菊任せで
自分では治癒しようとしないし、魔力が尽きればぶーぶー文句を垂れる。仲が
悪いように見えるけどあれですっごく仲良しなんだよねとフェリシアーノは二人に
聞こえないよう小声でルートヴィッヒに耳打ちするぐらいには菊とギルベルトには
いつのまにか一口に仲間と括れない関係が築かれていた。あなたねえ、いつも
いつも怪我しないで仕留められないんですか!見てるこっちが痛いんですよ!
うっせー!いいからさっさと治せっつの!お前こそ余計な手出しすんじゃねーよ!
怪我しても俺じゃお前ほど治せねーんだからな!と傍で聞いていると恥ずかしい
口論が今日も繰り広げられている。





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