すみません、と話を中断し言葉少なに席を立った菊の顔がひどく青ざめていた
のがどうしても気になり、ルートヴィッヒはそのあとを追った。出遅れたせいで
彼の後ろ姿はなかなか見当たらない。そこいら中を歩き回った末にたどり着いた
のはトイレで、やっと見つけた菊は便器に突っ伏して嘔吐していた。吐瀉物が
便器に当たる音、苦しそうな息遣い、独特の臭気。彼はきっとそうされることを
望まないとわかっていながら見て見ぬふりをすることなどできずにルートヴィッヒ
は床に膝を着き、菊の背中をさすってやる。汚いですから、と息も絶え絶えに
離れるよう言われても譲らない。さすり続けているあいだにも何度も嘔吐する。
吐瀉物が胃液だけになるまでそれは繰り返された。やがて嘔吐感がおさまり、
疲れきった様子の菊の口元をティッシュで拭って放り投げ、水洗レバーを倒す。
医務室に運ぶべく有無を言わさず抱き上げていつから具合が悪かったんだと
問い詰めると朝からずっとだという。それならそうと会議なんて出ずに連絡して
くれればよかったんだと呆れるルートヴィッヒの腕の中、抵抗する元気もなく
諦めてその中に収まった菊からは小さく謝罪の言葉が返る。見れば菊の衣服
までもが吐瀉物に汚れていた。医務室ではなく自宅へと行き先を変更することに
した。ここからはそう遠くない。菊をベッドに下ろし、上着を脱がせて洗濯機へ
放り込む。会議のことは俺が連絡しておくから、君は治るまでここにいてくれ。
そう言い置いてルートヴィッヒは電話のある部屋に向かった。ルートヴィッヒの
普段使っているベッドらしく、寝具から彼のにおいがして菊は安心感のような
ものを覚えていつしかうとうと眠りについていた。目が覚めると枕元にルート
ヴィッヒがいた。時計を見れば眠っていたのはほんの三十分ほどらしい。熱が
あるようだ、風邪だろうとルートヴィッヒはいくつかの錠剤と水を用意してくれて
いた。ありがたく頂戴し、再び横になる前にご迷惑をおかけしますと頭を下げると
ルートヴィッヒは迷惑じゃない、そう言いながら菊の頬に手をそえてなだらかに
輪郭をたどった。そして君を構えて嬉しいとわずかに笑う。その目は優しく菊を
見下ろしている。ありがとうございますと微笑みかえすと、照れくさそうにさあ
眠れと投げやりに言ってルートヴィッヒは視線をそらしてしまった。菊はくすくすと
笑みながら目を閉じた。





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