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不自由な足を引きずり冷めないうちにと必死に手の震えを抑えて運んだ茶は、 一口も飲まれないまま菊の服を汚した。沸騰まではいかなくともベストの状態で 淹れられた茶の温度はそれなりに熱い。こらえ切れなかったうめき声が漏れる にも構わず、自らが濡らしたその服を冷めた目でしげしげと眺め、アーサーは 一言、脱げと言った。アーサーは足を組んで書類を手にしたままだったが、菊の 癒えぬ手がおぼつかなくたどたどしいことに焦れるとそれらを投げ捨てるように 机に置き、細腰に巻きつく帯を性急に解いた。布地が床に落とされた素肌には あちこち包帯が巻かれ、ところどころには血が滲んでいる。菊はアーサーに 従い、ゆるい動作ながらためらいなく下着まで脱ぎ捨ててしまった。 「次は、どうすれば?」 「爪先にキスして舐めろ」 菊は表情を変えることなく無言で頷いてアーサーの足元に跪き、一目でそうと わかる上等の革靴と靴下を脱がし、現れたむき出しの皮膚に顔を持っていく。 指先にくちびるが触れるだけのくちづけをして、それから舌を出して舐め上げる。 菊の唾液がついたところが空気に触れるとひんやりした。どんな味がするのか、 アーサーには想像がつかない。菊はそのまま親指を口に含むとまるで愛撫の ようにねぶった。アーサーは一瞬にして頭に血がのぼり、そこまでしろとは言って いないと声を荒げて足を引っ込める。反射的に振り上げた手を相手が菊である ことを思い出し下ろすと、菊は伏せ目のままに笑う。 「お優しいのですね、アーサー様は」 皮肉をこめた菊の声にアーサーは眉間に皺を寄せる。菊はもはや虜囚、手を 上げようともアーサーの勝手。奴隷のように、あるいは性奴のように扱われても 菊は逆らおうとも思っていなかった。傷より痛む胸を押さえて、菊はつぶやく。 「あなたは優しい、だから、ひどい」 |