|
これでもかと顔をゆがめてガキは嫌いだと言ってはばからないギルベルトに 預けるのは非常に不本意なことであったが、どうしても急いで対応しなくては ならない案件を前にローデリヒやルートヴィッヒまでもが留守とあっては仕方が ない。エリザベータは本当に渋々というより嫌々、ほかに手段がなくやむに やまれず一時間だけ、ほんの一時間だけギルベルトに菊を預けることにした。 もちろんギルベルトも黙って頷くはずがなかったが現在暇な人間はこの家に ひとりしかいない。嫌なら遠回りになるけどヴァッシュに頼むわそれでアンタは メシ抜きだからと言われてしまえば引き受けざるを得なかった。そういうわけで ギルベルトは小さな菊と二人きりというなんとも居心地の悪い空間にいる。どう 声をかけたらいいのかわからないし、どんな風に触ったらいいかもわからない。 早く早く時間なんか過ぎてしまえと一心に願い動く時計の針を見つめていると、 菊は後ろからズボンの裾をくいくいと引っ張る。なんだよ、と乱暴に応えれば ちみっこいのがギルベルトを真上に見上げて、ねえプーさん、と言ったのだ。 誰が黄色い熊だっつーの!と怒鳴るが菊は聞く耳を持たない。プーさんは私の こと嫌いなんですか?と尋ねてくる。さっきの発言を聞かれていたのだろう。 ああ、嫌いだと改めて肯定するとそうですか、ごめんなさい…と見る間にしゅんと しおれた菊は部屋の隅っこに移動してちんまりと座って怖々と様子を窺っている。 その反応にこれじゃ俺がいじめたみてーじゃねーかとカチンときたギルベルトは 時間になったら与えるように言われていたトルテの乗った皿を目の前の床に 置き、食え!と言った。要は機嫌を取ろうとしたのだが大きな声量の一言に菊は びくりと体を震わせたかと思うと時折泣き出す寸前のような怯えたまなざしを ちらちらとギルベルトに向けながらゆっくりと咀嚼していく。扱いに慣れていない ギルベルトには子供の食べるスピードというものはわからないし、飲み物も出して やってないので食べにくいということも考えつかない。焦れて早く食えよと急かす とはい、ごめんなさいと謝って今度は急いで食べ終える。そこに約束の一時間を 待たず先に帰ってきたのはローデリヒだった。慌てて口に詰め込んだからだろう、 菊は床に片手をつきゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいた。ギルベルトは予想外 の事態にどうしたらいいのかわからないので手の出しようがない。ローデリヒは すぐに駆け寄って背を撫でてやり、ギルベルトに水を持ってこさせる。本来なら いるはずのエリザベータの姿が見えないことでギルベルトがここにいる理由も 大体は察しがついたけれど菊のそんな状態を見ても何もせずほったらかしな ことにローデリヒは怒り心頭だった。しかもテーブルでなく床で食べさせるとは お下品な、お茶すら出ていないではないか。即座に説教をしてやろうとするが、 ようやく正常な呼吸を取り戻した菊がぎゅっと抱きついてきたのに驚いて一時 怒りが引っ込んでしまった。しゃがんだローデリヒのシャツのヒラヒラのあたりに 縋りついて突然ひっくひっくと泣き出したのだ。意外に負けず嫌いでよほどの ことがない限りあまり泣かない菊である。その事情を聞きだすと嫌いと言われた 言葉がショックだったようだ。それなりに親しみを持っていた相手が珍しく遊んで くれると喜んでいたらこの仕打ちでは幼い子供が泣くのも無理はない。ゴゴゴゴ と徐々に伝わってくる怒りの波動を感じてギルベルトは忍び足で退散しようと したが、狙いすましたかのようにタイミング良く帰ってきたエリザベータに退路を 塞がれてしまった。ローデリヒの指示を受けて彼女のきついお仕置きをされた ギルベルトは発言の撤回をし、背中から重い冷気と凶器を突きつけられるまま ガキは苦手だけどお前は好き!すごく好き!とやけくその告白する羽目になった ギルベルトはプーさんという呼び名を甘んじて受け、嬉しそうにねだる菊に負けて たまに彼の運転するバイクに乗せてやってはローデリヒに毎度怒られている。 それでも腰に必死でつかまる小さな手には嫌な気はしないので、結局はギル ベルトもまんざらではないのだ。 ※蛇足妄想 ギルベルトの乗るバイクは安いスクーター。しょっちゅう事故るのでボロい。そして しょっちゅう子菊の靴が行方不明になる。 「あー!靴がー!」 「………(聞こえてない)」 ↓ 「到着ーおい降りろ…って靴はどうしたんだ?」 「脱げましたー」 「またかこのバカ!」 「おバカはあなたです!危ないから菊をそのおんぼろバイクに乗せるなと言った でしょう!」 |