その日、ショッピングセンターの受付のお姉さんがたは非常にかわいらしい
光景を目撃した。店内を文字通り右往左往してとてとて歩き回り、目当ての
人物が見当たらないとなるや大きなまん丸の黒い目をうるうるさせて道行く
人々をじっと見上げて似た背格好なのか時折駆け寄ってみるもののすぐに
落胆の様子をありありと表して背を丸めとぼとぼと戻っていく行動を繰り返して
いる子供。間違いなく迷子だ。お姉さんがたは早速そのかわいらしい迷子に
話しかけたのだが自分は迷子ではないと言い張る。典型的な迷子の言い分
とはいえ微笑ましい。曰く、迷子はフィーさんのほうなんです。フィーさんは
お母さん?お父さん?と聞けば
「あれ?フィーさんって私のなんなんだろ?」
 と、子供は首を傾げて深く考え込んでしまった。正体はさておき連れを呼び
出そうにも尋ねたフルネームもフェ…フェリ…ええと…フェリ…?と、とても答えに
困っているようなので迷子札も兼ねたルートヴィッヒとお揃いのクロスを見つけて
お姉さんがたはその連絡先に電話を掛けてやることにした。エーデルシュタイン
邸でそれを受けたのはルートヴィッヒだった。今のところ保護者となっている
ローデリヒはあいにく出払っていたが、あいつに行かせたら迷子が増えて余計
手間がかかるということでルートヴィッヒが二人を迎えにショッピングセンター
まで出向くことになった。メルツェーデスの愛車を飛ばせばあっという間だ。
こうしてまもなく迷子を迎えに現れた人物は子供との血縁関係をうかがわせる
ような似通った点はまるで見受けらないド金髪のムキムキ男であったので当初
お姉さんがたは大いに警戒をしたが、ムキムキ男の足に子供が怖がりもせず
しがみついてルーイさぁん…わたしのせいでフィーさんが迷子に…と堪えていた
涙が決壊したようにぐしゅぐしゅ泣き出すと慣れた動作で抱え上げ、太い首に
小さな腕を回させてよしよしと背を叩いているのを見て、本当に身内なのだなと
ひと安心する。改めてルートヴィッヒから連れの名前を聞いて館内放送で迷子の
フィーさんとやらを呼び出すと、怒涛のごとく凄まじい足音と共に「ぎぐーーー!」
という謎の声が聞こえてきた。その出所はどこからかマッハの勢いで駆けてきた
鼻水も垂らさんばかりにおいおい泣いている成人男性であった。子供は男から
床に下ろしてもらい、その泣いている男に駆け寄って二人は何十年ぶりかに
再会を果たした恋人同士のようにがっちり抱き合った。
「菊ー!ごめんねえええ!」
「探しましたよー!もう会えなかったらどうしようかと思いました!」
「ごめんねええありがとー会えてよかったあああ」
「よかったですー!」
「良かった良かった」
 ついでに迎えに来た男ともハグしあう三人を見つめて、お姉さんがたは正しく
迷子はフィーさんとやらのほうであったのを理解した。その後三人は和気藹々と
買い物を済ませ、ご迷惑おかけしましたーとぺこりと頭を下げてショッピング
センターを出て行った。以来、お姉さんがたは仲良く手をつないで買い物をする
この二人組をたまに見かけるようになった。そのおかげで再びどちらかが迷子に
なる事態は現在に至るまで起きていない。





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