エーデルシュタイン邸にはいやですー!という子供の叫びとお待ちなさい!
という怒号とドタドタにぎやかな二つの足音が響いている。その傍らでは腰に
タオルを巻きつけただけでほぼ全裸のルートヴィッヒが壁にもたれて手持ち
無沙汰に立ち、事の成り行きを眺めている。ローデリヒと菊は遊びでやっている
わけではない。ルートヴィッヒが菊を風呂に入れてやろうとした途端これである。
毎日風呂に入る習慣のある彼の母国ならともかく、一日や二日ならローデリヒも
大目に見ただろうがこの日菊は庭で泥んこ遊びをしていたのだ。きちんと汚れを
落とさなければ家の中まで汚れてしまうし、ばい菌をもらって一番困るのは菊の
ほうなのだ。というわけで仕方なくローデリヒは慣れない追いかけっこに興じる
ことになった。厄介なことに菊はシャンプーが大の苦手だったのだ。
「菊ちゃんつかまえたー!」
 と、しかし敵もさるもの。ローデリヒが追いかけた先で待ち伏せをしていたのは
エリザベータだった。菊は往生際悪くじたばたするもののだっこされてしまっては
逃げられるはずもない。何より菊はこの年上のきれいなお姉さんに弱かった。
床に下ろしてもしゅんとしている菊にエリザベータはじゃあルーイじゃなくて私と
入ろうか!と微笑みかけるが幼児とはいえいかんせん男の子。い、いいです!
遠慮します!と耳まで真っ赤にしてルーイのもとに逃げていった。観念した菊は
ローデリヒにシャンプーハットをかぶせてもらい、ルートヴィッヒに手を引かれ、
おとなしく浴室へと連行されていった。大きな手でわしわしと頭を洗っているとき
から菊は始終ぎゅうううと固く目を瞑っていてその過剰に怯える様子がなんとも
微笑ましい。ルートヴィッヒはことさら慎重に心がけてお湯をかけてやることに
した。すべてが済んで余裕が出てきたのだろう、ルートヴィッヒが体を洗っている
隙に腰のタオルを好奇心で引き剥がした菊にねえねえ、わたしも大きくなったら
こうなるのですか?と聞かれ、答えに窮したこと以外はおおむね順調に風呂の
時間は終わった。が、終わったら終わったでまたローデリヒの戦いは再開する。
びしょ濡れの体で風呂場を飛び出した菊はきゃーきゃー喚きながら裸のまま
走り回っていた。何がそんなに楽しいのかなんてそんなこと大人にはわかりは
しない。しかしバスタオルを手に追いかけ回すローデリヒには必殺技がある。
「エリザベータに見られますよ!」
 この一言で菊はぴたっと足を止め、さあ早く乾かさないと風邪を引いてしまい
ますからねという言葉にはぁいと不本意そうに返事をしてあとはおとなしくバス
タオルに包まれた。慣れないかけっこに息を切らしてわしわしと小さな体を拭き、
どうも振り回されていますねと苦々しく思いながらもローデリヒはそれなりに
楽しい日々を送っている。





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