「 カレーなる告白 」



 どうしよう、と菊はアジフライ定食の乗ったトレイを持ったまま途方に暮れた。
昼時の学食は混雑していて席がひとつしか空いていなかった。厄介なことに、
そこは苦手なアーサーの真向かい。決して嫌いだとかそういうのではなく、妙に
意識してしまって緊張を強いられるのが苦手なだけなのだが、それを知ってか
知らずかアーサーのほうも菊には素っ気ない態度だ。嫌われているのだろうかと
内心思って落ち込むこともある。しかしとにかく座らなければ昼食を取ることも
できない。勇気を出して前に立ち、ここいいですかと尋ねればアーサーは一瞬
だけ顔を上げて、ああとぶっきらぼうに返事をした。何やら書類の束を読むのに
忙しいらしく、書類に視線を預けたままで機械的にカレーを口の中に放り込んで
いる。これでは食事の楽しみも何もあったものじゃない。けれど菊は口を挟む
ことができず、おとなしく箸を割り食事を進める。するとアーサーの方から口を
開いた。アジフライか。箸で持ち上げかぶりついていたアジフライを見、そう
つぶやいたので菊は食べてみたいのかと思いた、食べますか?と二枚ある
うちの手をつけていないほうを指すがいや、いいとまた書類に戻ってしまった。
だがそれがいいきっかけとなって、菊は取るに足らないことをいくつか質問し、
簡潔な答えを引き出すというやり取りに成功した。読んでいるのはレポートで
あること、今日の夕方がそのの提出期限であること、カレーが好きなこと、弟が
いること、などなど。変わらず目線はレポート、手はカレーと決まっていて愛想の
かけらもなかったが怖い噂が付きまとう人だけど普通の人じゃないかと菊は
ある種の感動すら覚えた。そして時間は過ぎ、カレーも最後の一口を終えようと
いう頃、最後となるだろう質問に菊はカークランドさんは好きなタイプとかいますか
とありがちな質問を選んだつもりなのだが、アーサーは菊をにらむようにして
凝視したのちにお前、とだけ言って残りを口に入れた。意味のわからなかった
菊は咀嚼するアーサーを不安げに見つめていると、まだ飲み込みきれていない
くぐもった声がだから、好きなタイプ、お前と付け加え、あとは何事もなかったかの
ように水で流し込んで立ち上がり、じゃあなとまたひとにらみして食堂を出て
行ってしまった。残された菊はアジフライを頬張りながら突如降って湧いた大きな
難題におおいに思い悩むこととなった。





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