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※消失ネタ注意! ※平井堅「僕は君に恋をする」インスパイア 手紙を書くのはこれで何通目になるでしょうか。無駄だと知りながらも今こうして ペンを走らせる私をあなたはきっとお笑いになるどころか、それはもうみそくそに おっしゃるのでしょうね。あなたのその不遜な態度、出会ったばかりの私はまだ 文明というものを知らぬ黄色い猿を見下げているのだと、当時は私も血気盛んな 時期でしたから随分と憤慨したものです。あなたがどこの誰に対してもそういった 態度を取られる方であり、その自信がこれまであなたが築きあげた歴史に基づく ものと知ってからは尊敬の念を抱き、師と仰いだこともありましたね。今でも私の 中のそこかしこにあなたの影響が残っているのですよ。ああ、それでもあなたの 発言でひとつだけ訂正してほしいことがあったのです。神様が私の性別を間違え なかったら嫁にしたかったなどと。それは遠まわしにあなたのような男らしい体躯 には程遠いとおっしゃられているようで、私はとても嫌だったのですよ?あなたの ようにとまではいかなくとも少しでもあなたに追いつきたい、近づきたいと願って 必死に足掻いておりましたのに。でもその発言があなたの不器用な好意による ものだと気がつかなかった私も私であなたの真意を推し量る余裕すらなかったの でしょう。けれどそうならそうと他に何か別の表現方法があったのではないかと… それも今となってはいい思い出のひとつ、ということにしておきましょう。あれから いろいろなことがありました。本当に、いろいろなことが。だけどまさか、あんな ことになるなんて。あなたの身に最初の異変が起きたとき、私を含めてみな深い 深い傷痕に苦しんでいましたから、それもある種の後遺症で、いずれは回復する ものだと思っていたのです。だってあなたに限ってそんなこと。私にそんな残酷な 事実を受け入れられるとでも?弱音を吐くあなたなんか見たくなかった。いかなる 状況下でも強気でふんぞり返っている、それがあなたではなかったのですか? それをあなたは、あなたは。 『もう次はないかもな。…ほら、お前もそうそうこっちに来れる身分じゃねえだろ。 "そのとき"が来てもお前がその場に立ち会うことはないと思う。そんな気がする』 『だから今のうちに言っておく。お前が好きだ、好きだった。でも忘れちまえ。早く 俺みたいないいやつ見っけて、未来でも幸せに生きろよ』 どうして私はあなたらしくない遺言めいた言葉を聞かなければいけなかったの ですか。どうして私があなた以外の人と幸せになれると思うのですか。あなたは 私のことなど少しも理解していなかったのですね。どうして、どうしてあなたは。 『あーあーもー何だよ、何だっつーの。泣くか怒るかどっちかにしろってオイコラ。 ガキじゃねえんだから。俺よりずっとジジイなんだろ?割り切れって、な?ホラ、 泣くなって、泣くなよ…ごめん、ごめんな』 あなたが謝る必要はないではありませんか。あなたが謝ったところでどうにか なるわけでもないではありませんか。置いていかれる私の心はあなたが謝った ところでどうにもならないのですから。幼い子供のようだとおっしゃられても私は 我を忘れて泣いて怒って、憧れた逞しい腕にきつく抱き留められても硬い胸板を 拳で叩き続けて、八つ当たりのようにあなたを罵ることしかやり場のない感情を 訴える方法が私にはなかったのです。 『お前はほんとにもう…バカだな』 ええ、ええそうです、そうですとも。私は愚かです。今もどうしようもなく愚かなの です。本当でしたらあなたこそ泣きたかったでしょうに。怒りたかったでしょうに。 なのに静かに現実を許容して、どうしようもない年寄りの泣き言を消えかかった 体で受け留めて下さる、そんなあなたに、ずっと年下のあなたに甘えた愚かな 私。いまだに忘れ得ることもなく未練がましい手紙をしたためる私。どうかお笑い 下さい。高圧的なあの態度で散々に毒づいて下さい。それすらも今は愛おしくて たまらないのです。あなたが恋しくて仕方ないのです。 「…まった例の手紙かよ、結局捨てちまうくせに懲りねえやつだなー」 不意に背後から伸びた手に書きかけの便箋を取り上げられた私は顔に出さず 苛立ちながら素早く取り戻して再び文机に向かいます。呆れ口調はごもっとも。 ですがこんな風に感傷に浸ることで私はあの人の記憶を鮮明に保っている気が するのです。若いあなたにはわからないかもしれません。戸棚におまんじゅうが あるのでしばらくおやつでも食べていて下さいな。そして私を少しのあいだでいい のでどうぞこのまま放っておいて下さい。せめてこの手紙を書き終えるまで、もう 少しだけ。 …あなたがいなくなったのはそれからまもなくのことでしたね。あなたの予感 通り、私はその場にいることも叶いませんでした。報せを受けて駆けつけること さえも。私が大変な苦境にあることは承知の上でも、まだまだお若い弟君を気に かけてやってほしいと頼まれておりましたから連絡だけはまめにして、何もかも 見通していたように振る舞うことで私は私自身をうまくごまかしていたのでしょう。 この世界はあなたがいなくなってもあまり変化がなく、そのことが口惜しいばかり です。まるであなたという存在が初めからなかったかのようで。おかしいですね、 あなたは確かに存在して、私はあなたを愛し、あなたも私を愛して下さったはず ですのに。どれぐらいの月日が経ったのか、あなたとは違ってちょっとやそっとの ことでは動じない冷静沈着な弟君からひどく動転した連絡が入ったときには私も 心臓が止まりそうなほど驚きました。送られてきたその写真には子供の姿をして いても同じ髪の色、同じ瞳の色、同じ輪郭、同じ表情、あなたの面影がそのまま 残っていたのですから。初めて対面したときもそう。 『はああ?男?神様はちんこつけるべき相手を間違ったな』 私は思わず涙ぐんでしまいました。それはあなたの言葉とあまりにも似通って おりました。私は期待しても良いのでしょうか。この子が新しい役割を担うために 生まれ直したあなたで、いつかきっと私が愛したあなたに生長する日が来ると。 またちょうどいい位置にあるとかなんとかおっしゃって私の頭をぽすぽす叩いたり 肘を置いたりして私が我慢しているとお前バカだろって突き放した物言いをして、 私が拗ねると悪かった、悪かったって、ごめんって、機嫌直せよほらチュウして やるからって接吻を押し売りする、憎たらしい、だけど憎みきれないあなたに巡り 会える日が、いつか。その日が来るまで私はあなたへの手紙を書き続けようと 思います。ああ早く、あなたに会いた 「…だーかーら、そういうのは本人に直接言えっつーの」 いつから盗み見していたのか、無作法な来客が私の分を含めて用意してあった おまんじゅうの最後の一個にかじりつきながらもごもごもごもご。あーもーうるさい ですね。せっかく気分出てたのにこの人のせいで台無しです。私のおまんじゅう まで食べるなんて、まったく憎たらしいったらありゃしない。 「誰に言えっていうんですか!私のギルベルトさんはもっとイケメンでもっと知的で もっとカリスマ性に溢れてましたよ!」 「俺がそのギルベルトだろーが!生まれ直して!元通りに成長した!」 「そんなわけないです!私のギルベルトさんはこんなんじゃないです!」 「こんなんって何だよこんなんって!そんな可愛くねーこと言うジジイは嫁にして やんねーからな!」 「ううううう!」 うまい反論が思い浮かばず歯噛みする私の頭をぽすぽすしながらギルベルト さんは愛してるぜージジイとおまんじゅうを咀嚼し終えて私の飲みかけの番茶を 勝手にごくごく飲みやがります。ああ本当に、私が好きだった憧れのギルベルト さんって何だったんでしょう。思い出補正ですかそうですか。まあそんなこんなで 未来でも幸せに生きてますから思い出の中に住むギルベルトさんも安心なさって 下さいね。現在のギルベルトさんはこんなんですけど、ちゃんと愛してあげてます から。 |