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イヴァンの監視のもと、アパート前の私道に粉砂糖を振るったようなほんの二、三 センチばかり初雪に小さな足跡をつけて菊はキャッキャと歓声をあげてはしゃぎ、 童謡の犬のごとく駆け回っている。やや過保護気味の耀は外に出て行くときは 必ず身につけるようにとパンダを模した帽子と耳当て、手袋をセットで用意して いたので菊はきちんと兄の言葉に従い、一目見るだけで微笑ましいような姿に なっていた。もしこの雪のように真っ白なコートにちょうどいい黒い模様があった なら子パンダの群れの中にも溶け込めるかもしれないと思うのはイヴァンばかり ではなかったようで、ちょうどよく帰宅したティノもおや?何だか可愛らしいパンダ さんがいますね、と微笑ましげに声をかける。ティノは近くの病院で看護師をして いて、昨夜は夜勤だったようだ。疲れは見えるがすぐに休みたいというよりはもう 少し雪上の子パンダを眺めていたいといった風にその場に留まっている。仕事柄 不規則な生活をしているせいか菊はティノと初対面だったようで、ティノが防寒 対策としてかぶっている先の尖った赤い毛糸の帽子を見てお兄さんはサンタさん なの?といかにも子供好きしそうな風貌のティノに警戒心を抱くことなくまっすぐ 見上げて質問をぶつける。実は看護師か保育士かで迷った時期もあった過去も あって子供好きなティノはその純真無垢な問いに大人の現実を突きつけることも なく、そうなんだいつもは病院で働いているから僕はまだサンタさんの勉強中 なんだけどね、としゃがみ込んで目線を合わせて答える。菊はわあ!やっぱり そうなんですか!と嬉しそうに笑った。しかし次の瞬間には元気をなくして少しの 逡巡の末に、ねえサンタさんに今年もプレゼントもらえるか聞いてくれますか?と 上目遣いで聞いてきた。ティノはその不安げな表情が気になり、何かあったの? と尋ねた。私、哥哥の言いつけを破ってお外に出たり、よそのおうちに入ったり、 哥哥にも悪戯したり、悪いこといっぱいしたから今年はプレゼントもらえないかも しれない…と、菊はその理由を実際口にしているうちにますます不安に駆られた のかしゅんと夏場の暑さでくたびれたひまわりのごとくしおれてしまった。病院で 子供の扱いにも慣れているティノは小さい菊を軽々と抱っこして大丈夫だよ!と 力強く笑う。お名前はなんていうの?と聞かれ、菊!と一転元気な答えがあると 菊ちゃんはきっといい子だからきっとプレゼントもらえるよ、僕からサンタさんに 言っておいてあげるからね、と頭を撫でる。大体、菊の心配は無用なのだ。黒い パンダ耳がついた白い毛糸の帽子と黒い毛糸のミトンはおそらくは手編みで、 帽子とミトンだけでなく、綿毛のようなもこもこの耳当てにも手縫いで施された 「きく」という名前が入っている。こんなにも愛情を注いでいる兄が多少やんちゃ したからといって愛する弟にプレゼントを送らないはずはないだろう。菊はティノが サンタさんに掛け合ってくれると聞いて花が満開に咲いたように笑い、ほんと? サンタのお兄さんありがとう!とティノにぎゅうっと抱きついてきた。ちょっとだけ 連れて帰りたいなあと思いつつもイヴァンの視線の鋭さがどうにも痛いので頭を 撫でるのもほどほどにしておいて地面に下ろし、僕は四階に住んでるからサンタ さんに何か用事があったら是非遊びに来てねとティノは自室へ帰った。その後、 雪遊びに興じる声は四階にまで届いたが、とても楽しげなそれはちっとも邪魔に ならずその日は無事熟睡を確保することが出来た。それから数日経ち、いよいよ クリスマス。寂しい独り身の上、イブはまた夜勤とダブルで精神的な痛手を負い ながら十センチほど積もった雪の上をしゃくしゃくと音を鳴らして踏みしめ帰れば メゾン・ド・ひまわり前の路上ではまたもやイヴァンの監視のもと、菊が雪遊びを している。早速プレゼントはどうだった?と結果を聞けば途端に菊の顔が曇る。 もしかしてもらえなかったのだろうかと慌てて抱き上げると、涙混じりのはっきりと しない声でパンダさんのぬいぐるみがほしかったのにロボット的なものをもらった のだと菊は言う。もしやあの、世の子供たちをどん底に突き落とし、大人の現実を 身をもって教えるという噂のアレかと思いきや、菊が嫌々ながら袋から取り出して 見せたのは夏休みの工作レベルの手作りロボット、とも言いがたい出来映えは 他人事ながら涙を誘う。大人の自分だってこんなものをクリスマスにもらったなら 泣いてしまいたい。自立すら不可能で、何度立たせようとしてもすてんと倒れ、 接着が甘いのかだんだんパーツごとに分かれていく様子に菊の目に溜まった 涙はとうとう決壊して、泣き声も出さずにぼろぼろと溢れさせ、拭うことも忘れて コートを濡らす。子供が声もあげずに泣くというのは経験上、相当キテる証拠だ。 イヴァンに視線を向けるとどうにも対処できなかったらしくお手上げのポーズだ。 ティノはふと名案を思いつき、ちょっと待っててね!と菊をその場に留めて慌てて 四階の自室へと駆け上がり、部屋にたくさんある北欧産キャラクターの可愛い ぬいぐるみにそこいらにあった適当な紐やリボンで器用にプレゼント仕様にして 菊の元に戻ってくる。そして息を切らしながら「今聞いてきたけどね、サンタさん こっちが本当のプレゼントだって言ってたよ」と悪意のない嘘と共に渡す。菊は 慎ましく丁寧に包装を開けて目を輝かした。希望通りのパンダではなかったが 今まで見たことのないキャラクターはとても愛らしく、充分に嬉しいものだった。 サンタのお兄さんありがとう!と再びぎゅうっと抱きつかれてやっぱり保育士も 捨てがたかったなあとティノは思いながら後ろ髪引かれる思いで部屋に戻った。 翌日出勤しようとすると玄関ドアの横には手のひらサイズの小さな雪だるまと 南天の赤い目の雪うさぎと数枚の手紙が置いてあった。そこにはティノを描いた らしいイラストと子供らしい字で「かわいいぬいぐるみをありがとうございました。 はやくみならいのおにいさんをほんとうのサンタさんにしてあげてください。 きく」 と書かれており、ティノは雪だるまと雪うさぎを冷凍庫に、手紙は皺がつかない よう大事にポケットにしまい職場へと向かった。寒い冬ながら体の芯から温まる ようなこの出来事こそがティノにとって何よりのクリスマスプレゼントとなった。 ※にーにのプレゼントが見たい方は「先行者」でぐぐってみてください。 |