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カウントしようとすれば物心ついたかつかなかったぐらいからはじめなければ ならない。悪友とも言える古い友人からすればとりわけ恋多き男であるらしい フランシスの恋愛の対象は昔から幅広かったが、よもや経験上最も甘いキスの 相手が養い子であるとは予想だにしなかった。ハチドリが花の蜜をついばむ ように触れては離れ、離れては触れるくちづけのあとに少しだけ開いたそこから 思い切って舌をねじ込むといまだかつて味わったことのないキスの続きに菊は 目をぱっちりと見開いてとても驚いたようだった。だが抵抗はない。それどころか 呼吸が苦しくなればなるほど懸命に縋りついてきて、いじらしくてたまらない。 料理人の舌から言わせてもらえば、どんな人間だろうと唾液はただの唾液の 味でしかない。それが甘いと感じるのは己の唾液と相手の唾液が混ざり合い、 化学反応のようなものを起こして麻薬に似た興奮物質を作り出すからだ。しかし それはあくまでもフランシスの持論であって所詮唾液は唾液でしかない。けれど そんな分析も台無しにするほどにいつしか夢中になっていた。あるいは理論が 正しく、興奮物質に酔わされているのかもしれない。ふ、ふ、んん、と苦しげに 漏れる息をも貪ろうとすると慣れぬ菊は息継ぎのタイミングさえ見失い、目尻には 涙を滲ませる。少しだけ猶予を与え、鼻で息を吸うんだと教えてやれば必死で それを実行しようとする。舌を絡ませ合うのも、わからないなりに倣おうとする。 その初心な反応が愛おしさを加速させて、いつまでも終わらせてやることが できない。しまいには力が抜けて姿勢を維持するのも困難になって掴んだ腕と 腰に添えた手が膝立ちの菊を支えていた。フランシスもこれほど我を失うような キスは久々、いや初めてだった。やっと一区切りをつけて逃してやると菊は早い 呼吸で肩を上下させる。口の周りまでべったり唾液で濡れていて、指で拭って やればすっかりとろけた目が無防備にフランシスを見上げた。やばい、とすぐさま 視線をよそに向ける。同意の上とは言え、これ以上はアレだ、犯罪だ。せめて 結婚できる年までは待ってやるのが大人ってもんだ、そうだろ?フランシスは 己の内の葛藤を全力で何とか押しのけて説得した。すると、菊はそんなことも 露知らず続きはしないんですか?といとけないまなざしを向けるのだ。再び湧き 上がる怒涛のような欲望を抑えるのは大変だった。何しろ御無沙汰だ。菊を引き 取って以来夜毎の遊びも止めてしまった。菊はしましょうよ!と対戦ゲームか 何かのような誘い文句で服を脱ぎ始めた。制服の白いワイシャツにはうっすら 肌の色が透けて、贅肉もなければ筋肉もつかない細腰、最初の一、二年一緒に 風呂に入っていた頃に見たアレやソレなんかを思い出して年甲斐もなく前屈みに なってしまいそうなのだ。男の生理というものをこのお子様はまだまだわかっちゃ いない。一度タガを外してしまえば泣かされるのはお前なんだぞ!ていうか何を どうするのか知ってんのか!まだ中学生だぞ!おとーさんそんなえっちな子に 育てた覚えはありません!なんて複雑な親心と言っていいものやらわからぬ 本音も幼い菊には伝わらない。いつまで経っても仕掛けてこないフランシスに 焦れてもう一度自分からくちづけようと顔を寄せる菊にストップと手のひらを突き 出して、宣言する。 「16!16になったら、してやるから!」 そういうお年頃なのだろう、菊は大いに不満のようであったが近い将来の約束 に渋々頷き、代わりに約束のキスを嬉しそうにねだり、もう一回、もう一回だけと 時間を忘れて何度も繰り返させた。あの切ない告白から一転、双方同じ気持ち だと知ったからにはどこまでも強気にも大胆にもなれるお手軽なお年頃でもある ようだ。自分だって何回でもしてやりたい気持ちを大人の顔で上手に隠し、あと 一回だけな、と意地悪に言ってみせながらフランシスは思う。 こんにゃろう、泣かしたろか。 |