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何ひとつ俺に似ちゃあいなかった。髪の色、目の色、そして何よりその性格。 新しい男と一緒になるのに邪魔だという勝手きわまりない理由で生みの親に ほかされて泣けばいいのに険しい顔つきでぐっと堪えてご迷惑おかけしました よろしければ最寄の児童相談所を教えていただけますかすぐに出て行きます からと真新しい黒のランドセルを背負って菊は俺を見上げた。小さいのによく できた子だと思った。本当に俺の子だったらもっと甘ったれのはずだろうに。 母親は何度連絡しても引き取りに来るつもりはないという。正式な手続きを 取るなら応じないでもないらしいが。じゃあ、と俺は案外簡単に腹を括った。 そろそろ俺もいい年だし。結婚して子供ができてもいい頃合だし。そんなわけで、 菊は俺の子ということになった。 何しろランドセルひとつと少しばかりの手荷物という最小限のものしか菊は 持ってこなかったのでフランシスは翌日仕事を休んで午前中は物置に使って いた部屋を空け、午後にはベッドや机などを買いに行き、無理を言って即日 届けさせた。服や食器や勉強道具やおもちゃも揃えた。お役所には書類を 出して、転校の手続きも済ました。何もかにもが順調に進んで、狼狽えたのは 菊のほうだった。フランシスが見ず知らずの他人であることは年の割りに聡い 菊には明確にわかっていたことだった。それなのに本当に父親になってしまう なんて。気まぐれな大人の軽はずみな行動としか菊には受け止められず、どこへ 行くにもつないで歩こうとするフランシスの手を振り解き、一定の距離を保とうと し続けた。家に帰ってからもそれは変わらない。フランシスの職業がコックで あることを菊が知ったのは夕食の支度中のことだ。コンビニ弁当やインスタント 食品を与えることが多かった菊の母は料理をしている姿を見せたことが一度も ない。その分を差し引いてもフランシスの手際は良かった。菊はタコさんとカニ さんどっちが好きだ?と聞かれ、渋々カニさんと答えるとオムライスに添えられた ウィンナーは蟹の形をしていた。まんまるの黒い目を爛々と輝かせる菊の頭を フランシスはぐりぐりと撫でた。しかし同時に、楽しいのは菊だけではなかった。 デートでもなければひとりで食事をすることが多いフランシスにとっても菊との 食事は新鮮な喜びに溢れていたのだ。二人の距離は急速に縮まっていく。何も かもが目新しい出来事で宝石がたくさん詰まった宝箱を二人で開けたような 一日だった。そして、その夜遅くのこと。煌々と明るく夜の街を照らす月が轟音を 轟かせる雷雲に覆われ、外は大雨となった。カーテンの隙間からは時折稲光が 差し込み、雷鳴はいくら耳を塞いでも鼓膜を揺さぶる。フランシスは怖がる年でも ないが、隣室で眠っているはずの菊が気がかりだった。様子を見に行こうかと 思ったその瞬間、ドアが鳴る。新品のパジャマがまだ洗濯中のため貸してやった シャツの裾をずるずる引きずり、新しい友達となったうさぎのぬいぐるみを手に して菊がおずおずと顔を出した。 「どうした?」 「あの、すみません…部屋の隅でいいので、寝かせてくれませんか?」 菊の望みはフランシスが予想した以上に控えめだった。おいで、とフランシスは 笑んでベッドに手招きをする。いいんですか?と顔色を窺い、尋ねる菊に頷いて やり、端に寄ってスペースを空けるとためらいがちな小さくてあったかい塊が ベッドをよじ登り布団にもぐりこんできた。それでいくらか安心するだろうと思い きや、音が鳴るたびぎゅっと目を瞑って身を縮こませる様子は変わらない。ああ この距離がいけないんだなとフランシスは隙間のあった二人のあいだを菊を裸の 胸に抱き寄せることによって埋め、大丈夫、大丈夫だと一定のリズムでゆるく 背を叩いてやると次第にとろけた目がうとうとし始める。 「フランシスさんは…本当に、良かったんですか?」 眠りに落ちる間際の小さな声がやはり慎重に問うてくる。一緒に寝ることが ではない、親になると決めたことについてだろう。ああ、と幼い菊にも間違い ようのないようにしっかり頷いておやすみのキスをすべく顔を近づけるとおひげが 痛いですと顔を引き離され、少しばかり残念に思いつつも菊はいつのまにか 寝息を立てて眠っていた。そこからが本当の始まりだった。 |