「 Gott hat sie so gemacht. 」



 人を待って手持ち無沙汰に、異形の生き物を模した石像を撫でていれば背後
からくすりと笑い声がした。その主を振り返ると薄い布を重ねただけの寒々と
した格好の菊が立っている。冬には苦い思い出があるだけに、ことさら重装備に
軍用のコートを着込んだ己がルートヴィッヒには少々弱気に思えたが、横を通り
過ぎる人々の装いも似たり寄ったりで菊のように着物を纏う男性は少なかった。
何やら視線を感じるのは連れが外国人という理由だけではないだろう、きっと
菊の和装にも原因があるに違いない。女性の晴れ着のような派手さはなくとも、
落ち着いた色合いはよく菊に似合っている。オホンと咳払いをひとつ、気を取り
直して何故笑ったのかと尋ねればああ、それですと菊は傍らの石像を指す。犬、
お好きでしたもんねとは言うが、どう見てもルートヴィッヒにはそれが犬には
見えなかった。狛犬と言うんですよと一部苔むした古い石像の頭を菊も撫でた。
もっとも狛犬は犬ではなく狛犬という想像上の生き物で、角のない方は獅子と
言われてますけどねという言葉に、ライオンにも見えないがとルートヴィッヒは
首を傾げて、獅子もまた想像上の生き物であることを聞いてようやくなるほどと
頷いた。
「買い物は終わったのか?」
「はい、ルートヴィッヒさんの分もありますからね」
 そう言って紙袋の中身をひとつひとつ取り出して見せた。幸運をかき集める
熊手に幸運を射止める破魔矢など、手作りらしい工芸品は先ほど参拝の前に
火にくべたのと同じものだ。古いものと違い、日焼けをしていない和紙の部分は
白く新しい。さらにあとこれも、とと小さな布の袋のようなものを差し出した。交通
安全のお守りです、アウトバーンは怖すぎますと身を震わせる菊はアウトバーン
に速度制限がないことについて言ってるのだろうと推察できた。それに関しては
うまい反論が思い浮かばず、黙ってありがたく受け取ることにした。そうして
しばらく立ち止まっていると巫女姿の女性に何か温かい液体の入った紙コップを
渡された。甘酒ですよ、と菊に勧められるまま飲んでみるが名前の通りやたら
甘く、アルコールの味は一切しない。よほど残念そうな顔をしていたのか、では
ルートヴィッヒさんにはこちらを、と別の巫女が持ってきた紙コップを渡す。それは
口にする前から強いアルコール臭がしていた。振舞い酒だと説明されたその
中身はやや安価な日本酒だった。これほどの量では酔いはしないが、体は
温まる。同じく振舞い酒を受け取って口をつけた菊は、まあこれはあとで飲み
なおすとしてと味のほうは苦笑でごまかした。酒にうるさいのはお互い様だ。
家にはおせちもまだたくさんあるので屋台のほうは少しばかり冷やかすぐらいに
して帰途につくと菊は後ろ髪を引かれるように遠くなった建物を振り返る。
「おみくじ引かなくてよろしかったんですか?」
「ああ、いいんだ」
 ルートヴィッヒは首を横に振る。菊が買い物をしているあいだ、待たせるのも
悪いのでおみくじを引いているよう言ったのだがそうはしなかったのには何か
わけがあるのだろうと思えば、問題は科学的か否かとはまた違ったところにある
らしい。思えばかなり恥ずかしい子供じみたことであるのに気づき、背けた横顔に
菊のまっすぐなまなざしが痛い。
「…待ち人来たらずと書いてあったら困るからな」
 やむを得ずいつか引いたおみくじの結果を打ち明けたところに菊は再びくすりと
笑い、大丈夫ですよ、ここは縁結びの神社ですからと高い位置にある顔を見上げ
ながら告げてそうかと緩んだ表情で応えたルートヴィッヒはそうとは知らないうち
から相応しい願いごとをしていたことをそっと胸の内に秘めることにして寒風から
かばうように距離を縮めながら参道を戻っていった。





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