※学パロ下町botの三次創作・不適切表現注意




 たかだか二、三日具合が悪かったぐらいでこの過保護ぶりは少々大袈裟すぎるのではないか。
今更子供扱いもないだろうから、他にきっかけになりそうな出来事も思い当たらないのでひとまず
それを過保護の原因と断定して、ここ数日続く幼馴染の妙な言動を思い出している。特に登下校
中や買い物の最中でも人目を憚る素振りすら見せず常に手を繋いでいることがどうも照れくさい。
まあ、それもこれも俺を思ってのことだから決して嫌ではない。嫌ではないのだけれども、下手に
好奇心か何かでこちらをじっと見ている輩がいようものなら途端に剣呑な視線で突き刺し、今にも
喧嘩を吹っ掛けんばかりの剣幕で何か用でもあるのかと俺でもあんまり聞いたことがない険しい
声音で問いただすものだから、老若男女誰に対しても優しく、理知的な優等生としての姿しか見た
ことがない人間には相当の衝撃だったに違いない。俺としてはこんなことで自慢の幼馴染の評判を
貶めるような真似はしてほしくないが、過保護にならざるを得なかった元凶がどうこう言えるはずも
ないと言い訳をして、今まで感じたこともないその手の力強さと温かさにおとなしく甘えることにした
程度には、やはり俺も弱っていた部分もあるのかもしれない。
 とはいえ実のところ病院沙汰といってもせいぜい諸々の検査も込みで一泊したぐらいだし、あとは
自宅療養でごろごろしていただけだし、念のために学校も一週間まるごと休んだし、後遺症の類も
なく、今じゃすっかりぴんぴんしているのだ。そんな俺が、現状でもあのフレンをそこまで駆り立てる
ほど心配させてしまった事実を改めて認識すればするほど申し訳なく思うわけであって、そろそろ
過保護はもういいよ、いつまでもそんなんじゃフレンのほうが参っちまうと俺のほうから言ってやる
べきなのではないかと正直なところ、まだ決意しきれないでぐらぐら揺れている。
 週末のアルバイトも二週続けて休んでしまった。無理を言ってシフトを変えてもらって、店長にも
バイト仲間にも迷惑をかけた。次の週末には出なければと考えている。が、何を考えているんだ!
と怒鳴られそうな気がして、なかなか言い出せない。大体、掃除や洗濯といった家事までフレンに
任せっきりだ。ユーリはまだ万全じゃないんだからゆっくり休んでてと子犬のような目をしてお願い
されたら嫌とは言えなくなってしまう。安全確保の意味も含め、気分転換にいいんだよとかなんとか
言って台所に立つことだけは許してもらえたけれど、何かにつけて手伝うことはないかなと世話を
焼こうとする始末。気分は悪くない?吐き気は?眩暈はどう?甲斐甲斐しいとはまさにこのことだ。
負担を減らしたかったのに、却って気を遣わせているようでまた申し訳なくなる。お前さ、赤ん坊が
初めて風邪をひいた新米の母親みたいだなとからかってやると、他にも何か言いようがあるだろう
と拗ねられてしまった。そこは身重の妻を心配する旦那みたいだとでも言うべきだったんだろうか。
仮にも俺たちはコイビト同士というやつなのだから。でも身重はないな、身重は。男同士でさすがに
おかしいか。どうしよう、なんて言えばフレンは笑ってくれるんだろう。
 うまく言葉出てこない。頭に浮かんでこない。ただそれだけのことで少しのあいだ難しい顔をして
いると、やっぱりまだ本調子じゃないね?と気遣わしげに覗き込んできた。言葉よりも雄弁な以前
よりも深くなってしまった眉間の皺を指先でぐりぐり解してやって、そうじゃねえよと笑ってみた。嘘
じゃない、具合は全然悪くない。あれから何度か、携帯にまったく知らない人間から頭のおかしな
やつにひとりで帰る途中拉致されて、監禁されて、薬漬けにされて、レイプされちゃったんだって?
ビデオまで撮られたんだって?犯人は捕まったけどビデオはネットに流出しちゃたんだって?実は
ずっと前からそういう悪いお小遣い稼ぎしてたんだって?それで、いくらでやれる?といった内容の
メールや電話が何件も何件もあって、中身もほとんど事実無根で噂話に尾ひれどころじゃないし、
いちいち相手してるのも面倒で、ずっと電源を切ってある。それだってたいしたことじゃない。番号を
変えるなり何なりすればじき終わるだろう。残念ながら現実には薬漬けにされるより手前の時点で
助かったのだ。正気でない時間がいくらかあったことは否定しようもないけれど、重大な事態になる
前にフレンが見つけて助け出してくれた。実際の被害はそんな程度だ。だからたいしたことなんて
なかった。むしろフレンや周囲のほうが過剰に心配しすぎて、どうにかなっちまうんじゃないかって
ぐらい。当の本人は全然たいしたことないってのに。
 俺はこのとおり毎日元気で、毎日フレンに甘やかされて幸せなリア充ってやつで、ただひとつだけ
事件後に残ったものを挙げるとしたら、正常な判断ができなかったごく短い時間、何事か繰り返し
囁かれるうちに俺はもう死ぬまでフレンに会うことはできないのだと信じ込んでいて、治療を受ける
なかでようやく俺は死後の世界や夢の中でフレンの手を握っているのではないのだと気がついた。
本物のフレンが目の前にいる。俺の名前を呼んでいる。手もちゃんと温かくて、いつもの馬鹿力が
痛いぐらいだった。そのときの俺はパッパラパーの真っ最中だったので、フレンに助けられたくせに
どうしてフレンがそこにいるのかわからなくて、何度も何度もなんでどうしてと聞いて、聞いてもよく
わからなくて、それでも間違いなくフレンだということを確かめたらもう涙があとからあとから湧いて
きて、涙腺がぶっ壊れたようになって、胸にぽっかり空いた穴から体の中身を根こそぎ削り取って
いくような、そんなとてつもない恐怖がずっとずっと俺を支配していたことを理解したのだった。
 ついこないだ、夏休みのたったひと月遠く離れているだけでもあんなに寂しくて空っぽでどうにか
なりそうだったのに、死ぬまで会えない、死んでも会えない、もしそんなことになったらはどうやって
生きていくのか、生きられるのか、俺にはまったく見当がつかない。考えようとするとまるで呼吸の
仕方を忘れてしまったみたいに息ができなくて苦しくて、事件の記憶が薄れゆく日々でも時折ふっと
呼吸の詰まる感覚が不意に蘇ることがある。足りないのはきっと酸素じゃない。そんなんじゃない。
嫌がらせ紛いの連中は近々どうにかする。どうにかなる。あとのことは本当になんてことない。全然
なんてことないから、もう少し、あとちょっとでいいから、フレンの手を離すとき、必ず大きく息を吸い
込むことは見逃してほしい。こんなこと、本当になんでもないんだから。





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