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※R15 すら現状よろしくないらしいと察す。そんじゃどうすりゃいいのと途方に暮れてしまったレイヴンに、 黙っていろと言わんばかりの重い沈黙が降りる。眉間に皺を寄せてぎりりと歯を食いしばり、浅い 呼吸を延々繰り返しながら時折苦痛をやり過ごそうとするかのよう、白い喉を反らして身をよじる さまは彼が深手を負った際の挙動にも似て、思わず治癒術の詠唱が脳裏を過ぎるもしかし、体の 奥から尋常ならざる熱を持ち、吐く息にも呻き声が混じるともなればただの負傷ではなく毒を伴う 非常に厄介な類と判じたはずだ。もしもこれが戦闘中、あるいは戦闘の直後だったなら。あいにく 現在はそのどちらでもない。只今、不意の敵襲に備えて見張りを立てる必要もない宿の夜更けで ある。 もっとも、安寧の約束された夜でさえ野生の獣のように気配に敏い彼が本当に全神経を休めて いるかといえば甚だ疑問ではあった。その点はおそらく彼の生まれもっての性分なのだろうから 今更余計な口出しはすまい。…目下の問題はそうではなく。 ひゅうっと風切り音の喘鳴がひとつ耳に届く。深刻な事態はようやく好転の兆しが見えはじめた ものの、いましばらく時間を要する模様だ。そう簡単に事は運ばない、これこそが現時点における 最大の問題。今もなお不規則に表情を歪めては普通なら滅多に聞かれない弱々しい声を漏らす ユーリの身に起きている、やや特殊な現象とは。 実のところ、彼は怪我をしたわけでも毒に冒されたわけでもないのだ。もちろん急病を得たわけ でもない。そもそも世界屈指の治癒術師たるエステリーゼがいながら対処の追いつかない傷や 毒が原因であれば彼はとっくに彼岸の人だろう。では何が原因か。異物の侵入が元凶というなら 確かに相違ない。仮に毒の針を持つ虫がそうだとして、最強を誇る黒獅子をこれほど追い詰める その悪い虫の名。もはや言うまでもないと思われる。 それでもレイヴンにばかり非があるわけでなく、ひどく苦しげな様子を見て一度は止めようかと 申し出たのだ。にも拘らず、じき慣れるから平気だと言って続けさせたのは他ならぬユーリ本人で ある。ああ、いや、でもね、その、あのね、だけどね?とうじうじもじもじ、注文をあれこれ変更する どこかのお客じゃあるまいし、文字どおり抜き差しならぬ体勢のままいまひとつ煮え切らない態度 でおれば、いいから黙って続けろって!と厳しい一喝を喰らい、ハイ喜んで!と威勢のいい店員 よろしくしゃきんと背筋を伸ばして結局は続行を選んだのだから、まるで責任がないと言いがたい としても、だ。 ともあれ、ここまでの過程でレイヴンが理解したことは、ユーリが、どこか無頼の狼を思わせる 彼が、己が信念にのみ従い、対峙するのが何者であろうとも無闇に膝を折ることを良しとしない はずのこの男が同性との性交に耐性がある、という事実だった。しかも、女役である。内側に押し 入った瞬間の食いちぎらんばかりの窮屈さ、叫びを殺す痛がりようからして長らく無縁だったのは 間違いなかろうが、レイヴンの中に築かれた人物像を根底から揺るがすには十分だった。現に、 数分と待たず痛いぐらいの圧迫が徐々に緩み、熱っぽい吐息を伴ってもう動いて平気だと拗ねた ような物言いで許しを得、おずおずと抽挿を開始してみれば生温い刺激に焦れたのかもっと奥、 痛くしていいからと余裕のない口調で催促されて、横っ面を思いきり叩かれたような錯覚を覚えた ばかりだ。 レイヴンに男色の気はない。ないけれども、どうまかり間違っても品行方正の優等生とは言えぬ 若い時分、仲間内での猥談やらで男でも女のそれような快楽を得ることが可能であること、その 因果な器官がどこらへんにあるのかなどは小耳に挟んでいた。それで親切心からせめてと思い、 早く全長を一番奥まで埋めて温かく柔らかな肉に包まれたい欲求をどうにか抑え、半端な位置で ゆるゆるその火種を探っていたというのにまったくこの青年ときたらレイヴンの気遣いなどまるで 無視、彼はやわいはらわたの狭窄を力づくで抉じ開けて、突き上げて、一度引いては一心不乱に ピストン運動と、何やら強姦じみたやり方のほうがお好みらしかった。マゾっ気があるにしたって そりゃ限度があるでしょうよと喉奥でこっそり呆れ声を噛み殺す。冷や水をぶっ掛けられた脳とは 逆で燃え上がってしまった肉体のほうはあたかも割れ鍋に綴じ蓋で、ひょっとするとレイヴンには 元からサドっ気があったのかもしれないが、結果として相性は良好と言えた。こうなってくると俄然 気になってくる事柄がひとつ。 いったいどこのどいつが青年をこんなえっちな体に仕込んだんでしょうかね? 嫉妬心がまるきりないとは言わない。しかし、誓って嫉妬ゆえの瀬踏みではなく、純粋な好奇心 から来る疑問だった。ひとりには心当たりがある。というより、むしろユーリに近しい人間を順番に 挙げてその名前が最初に出てこないほうがまずおかしい。何よりも傍から見ていて、彼なら何を されてもユーリは許してしまうんだろうな、という確信があった。それは生まれたての雛がまるで 姿形の違う生き物を母親だと信じる刷り込みのようであり、ある種の信仰に近いものとレイヴンは 感じた。もしあの二人のあいだにそういう事実がなかったなら、たまたまそういった感情が芽生え なかっただけだろう。それもそれで意外ですらある。彼らが二人でいるときに醸し出す、なんとも 形容しがたい独特の空気は一般の恋人同士のように甘ったるくはないけれど周囲に明確な温度 差を感じさせる。どちらにせよ、真実を知るためには当人に直接尋ねるしかない。だけど、そんな 野暮な真似はしない。しても得るものはたぶんない。というか、できない。故に、真相を知る日は 永遠に来ない。少なくともレイヴンはそう思っていたのだが。 フレン曰く、ハズレではないが当たりとも言えない。つい反射的にどゆこと?と聞き返し、返答を 得る前に失敗したなと苦虫を噛み潰す。だってねえ、ほら、おっさんだって普通の野郎なもんで。 やきもち?そんなんじゃないわよ、おっさんは酸いも甘いも噛み分けた結構なお年頃よ?いい年 こいてねえ、まさかそんなねえ、ぶひゃひゃひゃ…なんて。笑ってごまかしおおせるほど死人じゃ なくなったもんで、ええまったく、誰かさんのせいで。なので、レイヴンはユーリの過去に存在した であろう誰某など知りたくもなかった。極めつけに青年はあの男前ですから、当然男性より女性に おモテになられたことは想像に難くない。むしろそれが自然であり必然だ。けれども理解と心情は 別々の次元にあり、有り体に言えば男だろうと女だろうと腹が立つわけでありまして、幼馴染だか 親友だか光と影だか片割れだかなんだか知らないけども普段は離れ離れでいるくせに、ひとたび 重ねればかちりとハマる絶妙なるフィット具合、ただでさえそろそろガタがきても仕方ない心臓に 悪いったらありゃしないのだ。 そこへ追い討ちをかけるように突然の暴露だ。危うくブラストしかけたレイヴンは、それでも耳を 塞ぐことができない。何故ならこの機を逃したら一生聞ける気がしないので。ええ、本当はずっと 気になっていたんです。でも聞けなかったんです。一度は潰えた命、わざわざ蘇って預けるぐらい 惚れ抜いている男のことだ、都合よく無関心を貫けるほどまだ人間できちゃいない。消化不良の 感情はまるで、表裏一体の甘い毒だ。 さて、そんなこんなで下手するとヤワな心臓にトドメを刺しかねないフレンの不穏な発言。その 意図するところは、物心つく前から当たり前のようにそばにいたせいで成長してもいろいろな境が あやふやでわからなくなっている部分があって、今も十分若かろうに、もっと若く血気盛んだった 頃は制御できない諸々をそういうアレで互いに鬱憤を晴らすことがたくさんあったそうな。そこに 恋愛感情やら長い付き合い故の遠慮やらが介在しないとすれば、なるほど多少の力技ぐらいは 受け入れられるように出来上がるわけだ。それもそれでどうなのよとは思うのだが、素面なのに さらりと説明できてしまうあたり、まともそうに見えるフレンも実際は相当だ。やはり彼らの世界に 部外者が入り込むことは難しい。 ひとまず、彼が安全牌とわかっただけでも良しとしなければ。でなければとてもじゃないが身が 持たない。だって青年ってば、どこで覚えたんだか「穴兄弟だな!」なんて平気な顔で言うんです もの、おっさん時々マジで泣きたくなるのよね。 |