「 アンダルシア便り 」



 ただいまぁと午前の仕事を終えただけでへろへろになったアントーニョが帰って
きたのはいつもよりやや遅い昼過ぎであった。とかく他のことでは約束の時間を
破りがちなアントーニョだが、この時間ばかりは遅れたためしがまずない。一度
アントーニョに尋ねてみたが彼らにとってシエスタがいかに重要か、それはもう
熱心に語り尽くされた菊は今ではもう理解を示している。だから余計に驚いて、
遅かったじゃないですかとわけを問えば帰り際上司につかまってしまったのだと
いう。また厄介ごとを押し付けられたのだろう。疲れきった気配は顕著だ。お疲れ
さまですと労をねぎらい、準備していた昼食を手早くテーブルに並べる。昼メシ
待っててくれたん?とアントーニョはにこにこと嬉しそうで、お腹が空いていた
だろうにそれを言い出さないロヴィーノは父思いのいい子だった。ロヴィーノが
帰りの遅さを心配していたとアントーニョにこっそり耳打ちするとぱあっと花が
咲いたような表情で情熱家らしくロヴィーノ!ロヴィーノー!とひとりでトイレに
行った彼を抱きしめるべく駆け出した。家の奥から入ってくんなあちくしょーが!
と声が聞こえる。どうやら感激はトイレの中に侵入するまでに至ったようだ。
すっかり元気を取り戻したアントーニョは菊の作った昼食を上機嫌で食べている。
その腕前は確かなものでジャンルは多岐にわたり、材料さえ揃っていれば
大抵のリクエストには応えられるほど。しかしその基本はやはり和食にあり、
アレンジも好きな菊は他国の料理に和食の要素を織り込むことがある。その
日の昼食のメインディッシュの焼いた肉にはゆず胡椒の風味を利かせたソースが
かかっていた。なぁなぁこれなんなん?なんや変わった味がすんねんけどと
フォークで刺した肉を指差し聞いてきたアントーニョに、菊はゆずですよと答えた。
ロヴィーノはいつかの冬至を思い出してあれ、風呂のやつ?と目をまん丸にして
言う。ええ、そうですと頷く菊もその時のことを思い出した。普段ロヴィーノを
風呂に入れているのはアントーニョなのだが、時期良く知人に譲り受けたゆずを
ひとつ洋式の狭いバスタブに浮かべてみると途端に広がった香りにこらたまらん
なぁと喜んだアントーニョは菊を呼びつけ一緒に入りいと誘ったのだがあえなく
振られてしまいひどく残念がっていたものだ。風呂から上がったあとは全員同じ
香りをまとっていて、いくらか慰められてはいたようだが。アントーニョは肉を口に
入れ、おいしなあと咀嚼しながらつぶやいていた。どうやら気に召してもらえた
ようだ。ロヴィーノは特別量が多めにしておいたトマトの付けあわせと交互に
頬張っている。おいしいですか?と尋ねるとロヴィーノは無言でこくりと首を縦に振った。ゆっくり召し上がってくださいね。菊はそう声をかけて頭を撫でた。避ける
でもなくロヴィーノはされるがままでいたが、アントーニョまでが手を伸ばしてきて
髪をぐしゃぐしゃにするほど撫で回すと憤慨して手を払っていた。食事を終えて
軽くお茶を飲む頃にはアントーニョもロヴィーノもあくびを堪えられないでいた。
外は燃えるような暑さだが、あらかじめ閉め切っていた室内はひんやりしていて
シエスタにはちょうどいい。アントーニョはいち早くベッドに寝転がってスプリング
の感触を楽しんでいたが、朝のうちに干していた洗濯物を取り込んで畳んでいた
菊と、不器用ながら懸命にそれを手伝うロヴィーノが一向にやって来ないのに
焦れて広いベッドの空いたスペースをポンポンと叩いて菊ー!ロヴィーノ!
早よう!と呼び始めた。眠気の限界を超えたロヴィーノは菊に促されて途中で
抜けてふらふらした足取りでベッドにたどり着いたかと思うと倒れこんですぐに
寝息をかきだす。菊はまだ来ない。あかんわぁ寂しくて死んでまうわぁロヴィーノ
とふたりぼっちで夢の世界に旅立たなあかんなんて菊はひどいわぁ菊は放置
プレイの大魔王やぁと恨みがましく文句を並べていると、洗い立てのタオルケット
をばさりとアントーニョにかけて菊はやっと来た。誰が放置プレイの大魔王ですか
と怒ったふりをするとごめんてぇ、さ、はよ寝ようとアントーニョは謝罪もそこそこに
菊をベッドに寝かせようとする。寝室の大部分を占める大きなベッドには三人が
横になっても充分な広さがある。もともとシエスタの習慣がない菊はあまり眠くは
ないのだが、ここでの生活に慣れてきてだんだん眠れるようになってきた。何しろ
真夏の夜の暑さは半端ではない。シエスタでもしないととてもじゃないが睡眠
時間が足りないのだ。故郷の性能のいいエアコンを輸入しても良かったけれど
菊はここの生活をあまり変えたくはなかった。ロヴィーノを挟んでアントーニョの
向かいに横になり、おやすみなさいと言った。おやすみぃと応えたアントーニョは
すでに目がとろけていて、寝ぼけ半分でロヴィーノにするように菊の肩を優しく
叩いた。二時間後には再び仕事に向かうアントーニョのために危うく忘れるところ
だった目覚まし時計をセットして菊もまたつかの間の眠りについた。





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