■恐怖の三日縛り
夜食をつまみながら他愛もない話をしていたときのことだ。
「そういえば、『墓暴き』というあそびがある。名付けの主のことも、始めた人のことも詳しく分かっていないがね」
ふと、御手洗がそんな話をはじめた。
「『墓暴き』?」
奇妙な名称に、私は興味を抱いて聞き返した。
御手洗は口にもっていきかけたカップをソーサーに落とし、私を見た。
「全然知らないかい?」
私は頷いた。
「どこの?」
と訊くと、
「そうだな・・・日本全国とまではいかないだろうが、わりにあちこちにあるよ」
御手洗は答えた。「墓暴き」というニュアンスから、外国を想像していた私には意外だった。
御手洗は、私の両目に興味の色があるのを見て取ったようで、ちょっとばかり眉をあげると、
カップを再び取り上げ、視線をそらすように啜った。
「その年で知らないなら、これ以上聞かない方がいいよ」
「どうして?」
「とても怖い話になるからさ」
奇妙なことを言う。私はますます気になって身を乗り出した。
御手洗はそらした視線の端で私をみとめて、困ったように眉を寄せた。
「責任は、自分で取れよ」
謎のような科白を小さく素早く言ってから、御手洗は話し始めた。
「『墓暴き』は、おもに小中学生の、女の子の間で行われる儀式的な形式をもつ複雑なあそびだ。
そのあそびでは、まず『早凪さん』という人をつくる。『早凪さん』は“さなぎさん”と読む。
この漢字は確定している訳ではなく、地域によって『サナギさん』、『さな着さん』など、当てている漢字が違う。
さて、まず『墓暴き』をするグループの中から、『早凪さん』を『着る』人を選ぶ」
「『着る』?」
私が疑問を挟むと、御手洗は手を挙げて私を制した。そしてそのまま続ける。
「『早凪さん』は決してその選んだ人や具体的な誰かになってはならない。
もしその人や他の誰かに似ていると、必ずその部分が『早凪さん』に取られてしまう。
憎い人がいるので『早凪さん』に入れてしまおうとするのもいけない。
『早凪さん』はお墓に入ってくれなくなる。お墓に入ってくれない『早凪さん』は、
憎い人を言った人と入れ替わってその人をお墓に入れてしまうのだ。
昔、井上さんという人の友達が信じないでやってしまって一週間後に死んだそうだ。
だから『早凪さん』は注意深くつくらなければならない。
『早凪さん』をつくるのには順番がある。『早凪さん』には『土踏まず』がないことだけがわかっているので、
それをまずいわねばならない。これは全員でいう。それから先は順番に一人づつがいう。
人が足りないときは最初の人に戻っていう。
まず頭のほうの一番はしのことをいう。
そして足のほうへもどって土踏まずより上で足の一番はしのことをいう。
頭と足の両端の方から順番にいっていって最後に心臓で終わるようにする。
そのとき足のほうに心臓が入ったらその『早凪さん』は事故でばらばらになって肉がとけて死ぬ。
頭のほうに入ったら頭の病気で肉がとけて死ぬ。
これはみんなで輪になって右回りでいうので、輪の真ん中が『早凪さん』の死んだ所になる。
『早凪さん』は心臓をいった人のほうを頭にして寝ている。頭と足のところに石を置いておく。
それから心臓をいった人が立ったまま石を一つ投げる。落ちたところから『早凪さん』はお墓に入ることになる。
死んだ『早凪さん』はすぐお葬式をしなければならない。
石を投げてから十秒以内に始めないと『早凪さん』が生き返ってしまう。
生き返った『早凪さん』は三日後に家にくるという。生き返った『早凪さん』は夜にきて窓をたたく。
右手で窓をたたかれたときは返事をして『【早凪さん】はかえる』と三度となえると帰ってくれる。
左手で窓をたたかれたら返事をしてはならない。そしてその晩はけっして丸い電球を見つめてはいけない。
見つめると電球の中に『早凪さん』の頭蓋骨が見えてくるからだ。
『早凪さん』のお葬式の方法は、まず始めに選んだ『早凪さん』を『着る』人が、
皮だけになった『早凪さん』を着る。
着るときは『早凪さん』の足のところにおいた石を取って、
そこから『さなぎさん』といいながら、その五音の一音につき一歩、計五歩で頭の石のところまで歩いて石を取る。
それから心臓をいった人の投げた石を取る。
これで着たことになる。それからその周りで黒い石が落ちているところを探して、その黒い石と――
―――この石は動かさないんだ
取った三つの石で長方形をつくってその中にうずくまる。これが神社になる。
残りの人で『早凪さん』を着た人の後ろに回り、『早凪さん』を着た人の下の名前の数だけ後ろ歩きで下がって、
地面に鳥居を書く。さらに鳥居の左右に星を一つづつ書く。
それから全員で鳥居の上を通って「早凪さん」のいる神社までいく。
鳥居をくぐる格好をして一人づつ走っていく。
続けてどんどんくぐって神社の回りを取り囲む。このとき絶対に笑ってはいけない。
ばかにされたと思った『早凪さん』がやってくるからだ。
そして、最初に入ったひとが『はな、はな、はな』と三回繰り返し、帰る。
振り返らず、一言も口をきかずに真っすぐ家に帰る。
次のひとが『しまつ、しまつ、しまつ』と三回繰り返し、同じように帰る。
次は『かなう、かなう、かなう』。やはり同じようにして帰る。
その時点で一人以上残っていたら、最後の人を残して、あとは一度に走って帰る。
最後に残った人が『そ、そ、そ』とくりかえして帰るが、
このひとは使った黒い石をもって帰らなくてはならない。
最後に『早凪さん』が・・・」
御手洗は少し言葉を切った。そして、
「『おまえは三日以内に気が付かないと、肉が解けて死ぬ』!」
突然、御手洗は私を見た。鋭い目で、私を見据えている。
「あ?」
黒い瞳が、私を見ている。突然の展開に混乱して私は言葉も出ない。
「なに・・・?」
「なに、じゃない。君は今『早凪さん』を聞いてしまったんだから、三日以内にこの話の謎を解かないと死ぬよ」
「僕・・・?」
私は自分の鼻先に指をさして御手洗を見た。無言で御手洗は頷いた。
「じゃ、いまのが・・・君が説明していたあそびが『墓暴き』じゃなくて、君のその話自体が・・・」
「だから責任は自分で取れと言っただろ」
「なんだ・・・冗談だろ? 作り話だな?」
私はじわじわと背筋を攻めのぼる寒気を気取られまいと、笑いながら言った。
しかし弱々しくしか声が出ない。
「さあ、どうかねぇ。生憎僕は運よく“三日以内に気が付いて”、死なずにすんだから、
真偽の程は解らない。ただ、とても濃い呪いのかかった話だというからねぇ」
御手洗は至極真剣だ。冷たくそう言い放つと、ぐっと紅茶を飲み干して席を立った。
「ま、頑張ってくれ」
「おい待てよ、なあ冗談だろ? この年になってやめろよ、下らない」
「せっかくその年まで『早凪さん』に会わずにすんでいたのになぁ・・・好奇心はなんとやら・・・」
肩をすくめ、小さなため息で呟くと、御手洗は私の質問に答えずさっさと寝室に引き込んだ。
「御手洗! こら! 冗談だろ? 冗談だな? なあ!?
女子高生の怪談じゃあるまいし・・・あはははは・・・おい!」
―了―