2002年2月 その2

前回、合わせていく上でのスコアの重要性について書きましたが、四重奏に限らず2名以上のアンサンブルではそうした「曲全体の把握」が最も重要なことではないかと思います。

先月号の「ストリング」誌上で、音楽プロデューサーの中野雄さんが、ウイーンフィルのコンマスであるライナー・キュッヒルのバイオリン指導についてその偉大さを書いています。キュッヒルが学生にブラームスのソナタをレッスンしている場面を見学した際、そこではバイオリンパートの奏法だけでなく、デュオの相手であるピアノパートの読み方、楽器同士の受け答えについて、かなり詳細な注意を与えているのが印象に残ったといいます。日本の音楽指導で忘れられがちな、「曲を全体としてとらえ、その中で自分の受け持つパートはどのように演奏し、表現すべきか」という視点の重要性を中野氏は強調しています。

中野氏はまた次のようにも述べています。
例えばバイオリンとピアノのためのソナタのレッスンを受けるとき、ピアノパートの譜面を持ってこないだけならまだしも、「そんなもの、いるんですかあ」とバイオリンパートのコピー譜だけしか用意していない若者があとを断たないらしい。
これについて中野氏は、日本の音楽教育について、楽器から「音を出す技術」は教えるが、「音楽とは何か」という、根本的なことについて教え方が足らないと指摘しています。

これを読んで四重奏でも全く同様であると感じました。もちろんバイオリン演奏の技術が上手いに越したことはありませんが、曲全体を理解することなしに、ただ自分のパート譜を完璧に弾きこなしたとしても四重奏本来の演奏とは全くかけ離れたものになってしまうように思うのです。最近“合わせる”ことの難しさを痛感するようになればなる程、曲全体の理解がいかに重要であるかを感じずにはいられません。ましてや必死にパート譜を追いかける4人の寄せ集まりでは四重奏は成立しないはずです。つまるところ、スコアにて「曲を全体としてとらえ、その中で自分の受け持つパートはどのように演奏し、表現すべきか」という視点に立って練習に取り組んでいきたいと思っています。
これまで2人はずっとバイオリンを弾いてきたのですが、、、。
低音部の難しさを痛感しています。バイオリンが懐かしい!
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