2002年1月 その2
昨年末はだいぶ雪が多かったのですが、このところ比較的暖かい日が続いています。インフルエンザ流行の兆しが見られますが、皆さんお元気ですか?
当面のところ、特に演奏会の予定がない私達は、少し落ち着いた練習を行う中で弦楽四重奏の基礎に立ち返りたいと思います。更に、年始の目標として掲げた“音楽性の追求”(抽象的な目標ですが)にも少しずつ取り組んでいきたいと考えています。モーツアルトの「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」を一からやり直すことにしました。といっても、1月に入って何回か練習の機会を設けたのですが、いずれも途中で職場からの呼び出しがありメンバーが抜けてしまい、きちんとした練習はまだ一回もできていません。焦らず、ゆっくりとやっていきたいと思っています。
ところで、当初からの課題であった「どうしたら上手く合わせる事ができるのか?」ということについて、自分達なりに考えてみました。これまでメンバーは全員、オケや合奏団にバイオリン奏者として参加してきました。そこでは、それなりに団の一員として合わせることができているつもりでいます。それが、なぜ四重奏になると合わせにくいのか?
オケや合奏団では、各パート毎に合わせることはもちろん前提ですが、全体を率いる指揮者が必ず存在していました。基本的には、奏者たちは指揮者の棒を見ながら合わせていきます。楽譜を見ながら弾いていても、要所要所では指揮棒の動きに注目しています。微妙な部分でも、指揮者が上手く導いてくれることが少なくありません。
ところが、弦楽四重奏では指揮者が不在です。これまでオケや合奏団で指揮者のもとで経験を積んできた私達にとって、指揮者不在ということがどれほど大変なことなのか、最近ようやくわかり始めたような気がします。簡単な曲であっても、誰かが上手く合図しなければ曲を開始することすらできません!
この点が、四重奏をやっていく上で最も難しいな、と感じています。例えば、先述の「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」ですが、弦楽合奏団において指揮者のもとで演奏していた時はそれなりに合わせられていたのに、これをいざ四重奏でやってみるとなかなか合わないのです。以前、あるHPの掲示板で、この曲の第一楽章、11小節目の入り方が難しいという投稿があり、多くの方々が意見を交換していたことがありました。この11小節目に関しては、私たちもとても苦労しています。同様に28小節目、54小節目、60小節目などもどのように合わせていったらよいのか悩まされます。
「クアルテットの教科書」(ハーター・ノートン著)には「合図」という項があります。以下にその一部を抜粋します。
「第一バイオリン奏者が合図を出し、他のメンバーは第一バイオリン奏者の動作に注目します。注目といっても、必ずしも直接見るというわけではありません。クアルテット・プレーヤーとしての第六感を使うのです。ある種の休みなく浸透しあう意識といってもよいかもしれません。」
合図の仕方については以下のように述べられています。
「強拍で楽器をわずかに下げ、弱拍でわずかに上げて合図を出します。メンバーが慣れてくれば、ごくわずかにうなずくだけでもいいし、演奏会本番となれば眉を上げるだけでもうまくいくようになります。」
指揮者不在のもとで、奏者同士の合図によって曲をつくる、、、。とても難しいことです。“クアルテット・プレーヤーとしての第六感”とは何とも素人離れした言葉に聞こえます。私達のような初心者には決して習得できないような感じがしますが、“ある種の休みなく浸透しあう意識”というのは少し理解できるような気がしました。これまでの活動において、合わせることが少しできるようになってきた頃、ちょっと気を抜くとすぐにバラバラになることを私達は感じていました。“休みなく”という言葉はこれをよく表しているように思います。
再び同著より一節を抜粋します。
「曲になじんでしまえば、必要な合図も少なくなります。、、、(略)、、、メンバーが弾きこむほどに、お互いの弾き方がよくわかってくるし、演奏している曲のこともわかってきます。」
要するに結論として“弾き込む”ことによってのみ、合わせる術を習得できるということなのでしょう。私達がこれを達成できるのはいつのことでしょうか?そういう意味では固定したメンバーで四重奏団を組めることがいかに幸せであるかということに感謝しながら、少しずつ学んでいきたいと思っています。



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