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01物干し竿 岩波三樹緒 |
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<詩編> 通勤電車の詩 北村獣一
(2006年山崎賞優秀賞)
アオイソラ
空が青いと
悲しくなります
雲が白いと
悲しくなります
それらがどうしても
他人事のように思えて
耐えられないのです
眠る世界
夜
世界が寝静まった頃
彼の中に
もうひとつの世界が湧き上がってきます
その世界では
彼は故郷の堤防を歩き
死んだ祖父母に出会い
異装のカエルの唄を聞くのです
世界が彼にことばを想起させ
ことばが世界をより緻密にします
そこに生きる彼は
眠ることができません
誰か彼に
眠り方を教えてあげてください
通勤電車の詩
窓の外の景色が
今日も漫然と過ぎていく
過ぎていく
ふと
その景色を留めてみたいと思う
そう思わせるのは
錆びてめくれたトタン屋根であったり
生い茂る雑草であったり
一本の電信柱であったりする
見ているようで何も見えない
毎日すれ違っているはずのそれらが
自分にとって何なのか
考えてみたくなる
もしかするとあの電信柱は
私の母なのかもしれない
けれど景色は留まらず
一本の電信柱は過ぎていく
小さな白い花
ある日
小さな白い花が咲いているのを見つけて恐くなった男は
目を開けることをやめました
ある日
頬をなでる暖かな風に気づいて恐くなった男は
感じることをやめました
ある日
自分の心臓の地鳴りのような鼓動が恐くなった男は
何をやめればいい?
嘘
地下鉄は
あるのかないのかわからない
ひとつの街をめざして走ります
いちばん隅の座席で
男がひとり死んでいます
その隣では若い女が
大きくて黴臭そうな聖書を
食い入るように読んでいます
そのまた隣では痩せた男が
携帯電話で宇宙の何かと交信しようと
何度も送受信を試みています
目の前の男は
立ったまま目を瞑り
世界が平和であるようにと
顔が真っ赤になるほど懸命に祈っています
駅に着くと
中年の男が全力で階段を駆け上がってきます
この電車に乗らなければ
もう二度とカンパネルラに会えないと
死に物狂いで走ってきます
けれど無情にも
駆けてきた男の鼻先で
地下鉄の扉は閉まります
ああ
可哀想な中年のジョバンニ!
そんなとき
乗せてあげることができなかった地下鉄は
悲しみに耐えきれず
金属音の叫びをあげます
けれどそれらは
みんな嘘です
電車の中にあるものは全て
嘘でしか言い表すことができないのです
嘘をつくのはいけないなんて
そんな言い伝えを信じていた私は
なんてバカだったのだ!
血と肉
ある晩
皆が食事をしながら
楽しそうに話をしている中で
男がひとり
皿の上の鶏肉を
フォークでつつきまわしています
男はどうして食べればよいのか
わからないのです
誰かが遠くで
笑いながら言いました
そうじゃないよ
それはフォークやナイフで食べるんじゃなくて
血で食べるんだよ
男は困惑しました
なぜなら男の血は
その鶏肉と同じように
深い眠りについているからです
男は散々鶏肉をつつきまわした末に
力いっぱいフォークを突き立てました
その瞬間
勢いよく血が噴き出したのを
誰か見たか?
喪失
かつて
人が二本の足で立ち上がったとき
大地との一体感を失ったことを
どう思ったのだろう
人が言葉を獲得したとき
鮮やかな音感を失ったことを
どう思ったのだろう
人が孤独に強くなったとき
人との触れ合いを失ったことを
どう思えばいいのだろう
鬼が叫ぶのを聞いたことがありますか?
それは失われたものたちの叫びです
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