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山崎哲
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茶房ドラマを書く/作品紹介


エッセイ

入院羨望

篠山恒敬


先生が倒れて・・・・・・を書き出しにする文章を書くようにとのY女史からの通達文に面食らいつつ、したがって、今まさにそのようなモノを書き始めているのであり・・・・・・・。

とにかく、かなりパニクッているらしいY女史の思し召しでもあり・・・・・・でも緊急の励ましなら取り急ぎ皆で色紙に寄せ書き形式にしたほうが、貰って気楽だし、あとで記念にもなって嬉しいんじゃないかなあ、若し本当に重症なら反って読むことすらシンドイんじゃないのかなあと思ったりして・・・・・・

とにかく女性ってのは男とは、発想が違うのかなあとか思いつつも・・・・・・でも「先生倒れる! いつまでもあると思うな、親と金」と、真面目に日頃の不真面目?さを悔いているらしいY女史からの、
なんとも日頃の文学賞的名文とは異なる思い込み激しき文体での文面、しかも、これからはいつも「これっきり」の授業と肝に銘じて励んで行きたいと思います・・・・・・との殊勝にして尋常ならざる切羽詰ったような手紙・・・・・。

皿皿文学サロンの、我等が山崎哲先生が入院したってことのビックリより「ほんとに入院しちゃったのかあ・・・・・・、先生にとっては大変なことなんだろうけど・・・・・・でもいいよなあ・・・・・・」と、むしろ一種の羨望に包まれているもう一人の自分がいるってことにびっくりしてしまい・・・・・・。

というのも・・・・・・過去に六回の入院経験を持つ私にとって、そのいずれもが、新鮮で幸せな黄金の日々だったからなんだろうけど・・・・・・。

その初回の時は・・・・・・つまり入院の初体験は・・・・・・遥か三十五年前、ふと起床の際、寝返りを打って、起き上がった途端「ウッ!」と呼吸が殆ど出来なくなり、事実「なんなんだコレは!?」と両手をベッドについた儘で、暫く動けず、細くて微かな呼吸をそーっと必死でしながら「このまま息が出来なくなって、ひょっとして死ぬのかもな!?」と思い、恐怖し絶望しながら・・・・・・でも少しずつ、それも普段の半分ぐらいの呼吸量に戻って、ああ、これならやがて元通りの肺活量に戻るだろう、きっと寝返りの仕方が悪くて、胸が捩よじれたから、肋骨の状態が変になったんだろうと、でも、取りあえず、ま、なんとか、生きてられるぞ・・・・・・。

訝る妻に

「あのな、なんだか、胸が痛いような、息が出来難いような、要するに、今朝の自分はいつもの自分に比べてかなり変なんだ、何なんだろう? 息が浅くしか出来ないなんて・・・・・・」
「だったら深呼吸してみたら?」
「アア、ん? でもやっぱりいつものようには・・・・・・息を・・・・・・肺臓一杯には吸い込めないんだ・・・・・・つまり、充分に息が出来ないって感じっていうか・・・・・・胸が潰れたっていうか・・・・・・」
「じゃあ、会社休む?」
「でも、とにかく仕事忙しいから・・・・・・会社、行くよ・・・・・・」
「そうね、なら・・・・・・、きっとそのうち、治るわよ、気のせいよ、そーよ、気のせいよ・・・・・・」
「気のせいで息が出来ないってことはないだろうが、ほんとに息出来難いんだぞ・・・・・・でも会社へ行くよ、そのうち治るよな、きっと」
「そうよ、大丈夫よ、いつも、貴方って大袈裟なんだから」
「いつもはそうだけど、今日のはいつもとは違うって感じなんだぞ、息が出来ないってのは、大変な事だろうが!」
「でも息してるじゃない、大丈夫、大丈夫!」
「ああ、まあそうだけどな、大丈夫だよな、死んだりはしないよな」
「死ぬもんですか、あなたって大袈裟なんだから・・・・・・」
「でも呼吸不全なんだぞ」
「だから気のせいだって思えばいいのよ・・・・・・」

てな夫婦の会話があって、とにかくいつものように、満員電車に揺られ揉まれ、息も絶え絶えに会社に辿り着き、それでも、デザインの仕様書を仕上げ、複数の業者と打ち合わせを済ませ・・・・・・微熱と胸痛を気にしながら、昼食時もまるで食欲が無く・・・・・・「やっぱり本当に変なんだ、気のせいだとは到底思えない」と、昼休みを利用して近くの医院直行・・・・・・

「あのう・・・・・・平生の半分しか息が出来なくて、微熱があって、食欲が無くて・・・・・・どうにも変なんです」
それじゃあ・・・・・・と、レントゲン室に入り、診断の結果・・・・・・

「右の肺臓に白い影がありますな、かなり異常な事態ですぞ、肺癌じゃないだろうけど、かも知れないから、とにかく紹介書を書  きますから、大病院で精密検査して貰って下さいどの病院がいいですか?」
「大病院で精密検査? そんなあ、大袈裟ですよ先生・・・・・・」
「なに笑ってんです? まじめな話、多分即入院ってことになりますから、小田急沿線なら大蔵病院がいいでしょう」
「でも、夕方から業者の接待で、フグ刺でいっぱいやりましょうってことになってるんです。断るの悪いし」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないんだ!」
「はあ?・・・」

ってことでそのまま早退して・・・・・・。大蔵病院に入院、左肺の乾式肋膜炎と診断されて二ヶ月間の闘病生活となった次第・・・・・・。

その時の同室の患者に、なんと、フランス語だらけの分厚い料理の本をひねもす眺めているフランス料理のシェフを目指している若者・・・・・・恐らくフランス語は理解し得てないように見受けられたけど・・・・・・。それから、夜中に必ず寝言で声高に軍歌を歌い出す中年のオッサンがいたりして、その時、ああ、人間て夫々に、かなり違うんだ、面白いイキモノなんだなあと深く感じ入ってしまい、会社で日々見掛ける画一的サラリーマン達や、平身低頭して仕事を貰いに来る業者達だけを見ている自分にとっては、まさに別世界・・・・・・とにかく皆と雑談し合うのが実に楽しくて・・・・・・あの時は何故だかイヴ・サンローランの洒落たパジャマを着てたっけ、今の俺はユニクロだけど・・・・・・。

以上の様に・・・・・・自分にとって初めての入院経験の次第を書いているのも、先述したように「ついに我らが講師倒る!」の、あのまさに江戸城は松の廊下にて、アサノタクミノカミがキラコウズケノスケに刃傷沙汰に及び、即日切腹云々の、お家の一大事の第一報の飛脚便を受け取った時の赤穂家の面々の如き驚き、多分それに似た気分を再体験させられたからであり、しかも他の仲間達からの情報でも、先生は顔面神経異常で顔が引き吊っているらしいとか、尚且つ、どちらかの目と耳の機能がかなり低下したために耳鼻科で診て貰ってるらしいとか、先生自身は自分は脳腫瘍だと思い込んでいるらしいとか、従って検査入院することになったらしいなど等々、様々なでもシリアスな情報ばかりが電話から耳に飛び込んできて・・・・・・それは大変だ、本当にそうならホントに大変だと思いつつ、ついに不遜にも入院してる先生の入院生活での日々の出来事や未知なる人々との出会い、非日常的時間を過してるだろう事を羨んでる自分がいることにびっくりしつつ、そういう自分に納得しているのであり・・・・・・。自分には入院なんて皆が恐れる程大変な事じゃなかったし・・・・・・とにかく・・・・・・

その後骨折で二度、脱腸(右鼡蹊部ヘルニア)で三回、夫々に楽しい入院生活を送って来た自分には、先生の入院したとのニュースを曾っての我が事のようになんとも羨ましく嬉しい事のように思ってしまうのであり、勿論、危険な症状でないことを深く願いつつ、このような駄文をワープロで書いているわけで・・・・・・、Y女史によると希望書式A4、但し文字サイズは14ドットとの依頼は恐らく14ポイントの誤りだろうと、今14ポイントの字体、56ドットの基本ドットで書いているんだけど・・・・・・

とにかく今後、講師不在での授業は、か弱い生徒にとっては指針をなくして漂流している船のように心許ないことになるのであり、ここに衷心より先生のご体調不全からの脱却回復本復完全治癒を願い、一日も早く鮮度の高い且つ広範でインテリゼンスに満ちた講義を待ち望んでいる次第です。

太助君の為に、奥様の為に、劇団や役者達や演劇関係者の為に、先生を支えている多数の人達の為に。我々生徒の為に!そして何よりも先生自身の存在理由の完成の為に!

(2004.MAY,20.朝、記)