2010,8月上旬撮影

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タクラマカン沙漠 沙漠道路
タクラマカン沙漠は天山南道にある中国最大、サハラ砂漠に次ぐ世界第2位の面積約34万平方キロで日本の面積37万平方キロに匹敵するような大沙漠だ。タクラマカンとは「入ると出られない」の意味で古来より「死の海」と言われている。沙漠の面積の約80%は流動砂丘に覆われ高さ100−150mにもなるが強風によりその姿を一変する。雨は極端に少なく年間数10ミリ、夏・冬の寒暖の差は激しく夏は40度を越し冬はマイナス20度にもなる。 厳しい沙漠に胡楊樹の植生を見る。胡楊は「育って千年死なず、枯れて千年倒れず、倒れて千年腐らずと」と古くから言い伝えられている沙漠の勇者である。駱駝さえ飛ばさされるという砂暴風に耐え、炎熱、極寒、極乾燥地帯に生きるこの樹は根が横に大きく這うらしい。 4世紀の求法僧の法顕は沙漠の横断をする沙河中はしばしば悪鬼、熱風が現れ、これに遭えばみな死んで、一人も無事なものはいない。空に飛鳥なく、地に走獣なし、人骨獣骨を以って、行路の標識とするのみ。と「法顕伝」の一節でその過酷さを表している。 また砂に埋もれた秘宝の遺跡を発掘したドイツの探検家ル・コックは沙漠の恐ろしさについて次のように著わしている、住民がブランと呼ぶ激しい沙暴風は、思いもよらない時に吹き、空は真っ暗になり、太陽は砂塵の厚いベールを透かして、赤黒い火の玉かと見える。おしかぶせたような咆哮ののちに裂帛の叫び声が続く。石を交えた砂が、大きな塊になって吹き上げられ、人畜の上にたたきつけられる。空はさらに暗くなり、大きな石が空中に巻き上げられて、激しくぶつかり合い、異様な、くだけるような嵐の咆哮と混じる。いっさいは地獄を解放したかのようであると。 この日 沙漠は穏やかな表情をみせてくれた。風紋の流動沙漠に足を踏み入れる。粉のように粒子の細かい砂に足をとられる。重みを感じた沙は生きているかのようにすぐに反応し崩れていく。 真上から照り付ける太陽を浴びる胡揚樹を見る。このような炎天下、流砂に足を取られ又その高低差を進むのは至難の業である。タクラマカン沙漠のキャラバンの縦断は一日の移動は30km位、約25日位要したと言われる。何日も草一本もない砂漠の巨濤を乗り越えて行くと従者は砂の海に酔い幻想、幻聴で頭が変になってくる。死への不安が言動に出てき始め恐怖心に支配されてしまう。このような極限状態では何者も恐れない強い信仰心が一筋の光明になっていたと100年前に決死の沙漠縦断した日本の大谷探検隊の橘氏は語っている。 現在のタクラマカンはクチャとホータンの約600キロを舗装された沙漠道路で縦断出来る。沙漠内での発掘、採掘に伴って生まれた石油道路でもある。道路はよく整備されておりトラブルがなければ時に竜巻を見ながら車で6,7時間あれば縦断できる。中国政府は道路保守に相当の力を割いているが最大の強敵は砂嵐である。対策は道の両側に葦を砂に埋めたり、葦束でつくれれた格子をナイロンのネットを張った砂防棚が数百キロも続いている。走行する車は少ないが、炎天下でヒートアップする車もまれでない。 |