2011.8月上旬撮影

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ホータン 西域南道有数のオアシス都市、古くは南道全域を支配したウテンの都城。 ホータンは世界で有名な玉の産地である。崑崙山の雪解けの水と共に玉は流れてくる。この玉は羊脂玉(ようしぎょく)と言われ軟石類のなかで最も上質なものとされ、王室への献上品はもとよりアジア、ヨーロッパへの交易品として2000年余の歴史がある。西域のシルクロードは「玉の道」とも呼ばれ、その歴史は「絹の道」よりも古い。古来より中国人は玉を権威の象徴として、また霊力を持つ石として身につけ、悪いものを寄せ付けないとしている。また還魂思想により死に旅立つ人に永遠に生きることを願って着用させたと言われている。最近の医学によると、ホータン玉の中には健康に良い特別な微量元素が含まれており、長期間身に着けていれば高血圧や不老長寿に効果があるという。羊脂玉で作った清朝時代の皇帝乾隆帝の印章が、オークションで1個3億5000万円で競り落とされたと耳にした。 白玉河の玉拾いに足を伸ばす。炎熱の河原では沢山の人が石を掘り返し探している。遠方から一攫千金を夢見て数日間泊り込みで採掘に来ている人もいる。 私も石を探す。地上に玉は見当たらない。潮干狩りのように砂場を採掘しなければならない。採掘も深く砂利を掘り起こさなければならない難しい作業なので早々にあきらめ、近くで掘っていた青年から今日探したという小さな玉を買う。随分と値切ったが正当な価格だっただろうか。街は露店が多く活気に満ちシルクロードらしい喧騒で溢れている。宿泊先のホータンを代表するホテルでは、真夜中を過ぎても、近郊から来た若者たちが大きな音を鳴らしディスコで踊っていた。 |
賑やかなホータン市内 |
広場にある毛沢東と ホータン指導者との友好の像 |
![]() 喧騒の露店にて |
ゆったりと時が流れる郊外 |
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メリクワト遺跡 漢唐代の故城でありホータン市の東南27キロ、玉の拾えるユルンカシ川西岸にあり遺跡の大きさは南北10キロm、東西2キロである。1900年スタインが漢唐代の金銅仏像、陶器などを大量に発掘したが今は砂山や起伏しているだけ、南側に崑崙山が熱砂越しにぼんやりと見える。広い遺跡内には飼われている駱駝たちがのんびりと歩き対照的に足元には当時の建築に使われた丸石の上をトカゲが俊敏に飛び回っていた。 |
広大なメリクワト遺跡 |
仏教寺院の建造跡 |
![]() 炎熱に生きる俊敏なトカゲ |
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世界最古の紙(桑皮紙)と絹の歴史 桑の樹皮から作られた紙は現在ウイグル族の伝統工芸品である。この紙は中国で105年に最初に紙を発明した蔡倫(さいりん)より100年以上早いので世界最古の紙漉きだと地元で伝えられている。現在では、ホータンでも僅か二家族にしか伝わっていない。 ホータン近郊の墨玉県にあるアブリミー氏を訪ね見学する。周囲には広大な桑畑が広がる。絨毯の産地が必要とする、絹、蚕、桑の葉との連想に納得する。 製法は和紙に似ている。乾燥した桑の枝の皮を三日間ほど水につけ、内皮と外皮に分離させ、内皮を使って砂漠の樹木タマリスクを燃やして使った灰汁の中で三時間ぐらい煮る。大きな木槌で丁寧に叩き繊維を細かくし、きれいな水につけておく。それを良く混ぜ少しずつ取り出し紗の木枠に均一に広げ天日干する。日差しが強いので一時間もすれば紙は乾き出来上がる。紙厚は紗の粗さで決めている。「難しいのは内皮の処理の仕方だ」とウイグル文化財の伝統工芸師として評価されているアブリミー氏は説明するが、どこが秘伝なのか分からない。 茶色がかった色、ごわごわした手触り、かすかな薬草のような匂いを放つ。この紙は往時より印刷、筆記用の他に、紙自体に桑の殺菌作用があるので生肉など食べ物の包装、傷口を縛り包帯代わり使う貴重な生活必需品であったといわれる。1933年にはロブ・ノールの遺跡から前47年紀年のある木簡と共に紙片が発見され紙は既に前漢に存在していたことが確認されたとある。 周囲には広大な桑畑が広がる。蚕を育む桑の葉、「絹の道」の原点がある。インド@求法の旅を終えた玄奘三蔵はホータンに7カ月滞在したが、ホータンの絹は中国から伝わったと養蚕のいきさつを「大唐西域記」に次のように記している。 「かつてこの国には桑や蚕がなく、国王は使者を出して東国(中国)に求めた。しかし、持ち出しは禁止されていたので、策を講じて王女を妻に迎えたいと申し出る。東国の王はタリム地方に勢力拡大ができると同意する。ホータン王は迎えの使者に、自分の国には桑や蚕はないと伝えさせた。それを知った王女は帽子の中に、桑の種や蚕を入れて嫁入り時に持ち込んだ。そして蚕を養殖し絹を作った」 この玄奘の話を実証する彩色板絵が20世紀初頭、ホータンの郊外の砂漠に埋もれていたダンダーンウィリクの遺跡から出土し、西域を代表する絵となっている。このような経緯でオアシスに芽生えた絹は、今も西域を代表するホータンの絨毯、絹織物として重要な産業となっている。 |