No.054

2022年12月18日

長者の背比べ
太宰府市通古賀


田中長者屋敷があった旧田中の森


 奈良時代、通古賀(とおのこが)付近の鷺田川には田中橋が架かっていて、土地のものや旅人の往来が絶え間なかったという。田中橋は、この地域(現通古賀・都府楼南)一帯の森や畑を所有した田中長者の名前に由来する。
 村の腕白どもは、「
お家が千軒、お蔵が千軒、田中長者は物持ち長者、お米の山に金の山」と、長者を持ち上げて遊んだもんだ。田中長者の周辺の森を、村の人たちや旅人は、「田中の森」と呼んでいた。
 そんな田中屋敷に、ある日、とてつもない大行列が押し寄せてきた。隣村の次田の湯(すきたのゆ)を独り占めにする藤原登羅麻呂(通称虎麻呂)長者の一行である。虎麻呂長者は、田中長者と肩を並べるほどの金持ちであった。だが、なにかといえば、世間が田中長者の方を上に見ることが多くて面白くない。そこで、相手に一泡吹かせようと、大げさな芝居を打つことになったのだ。
 虎麻呂長者は、四王寺を越えた向こうに建つ菩提寺に、1000人の家来を引き連れて、先祖の墓参りをやってのけたのだった。


田中の森周辺


傘千本拝借

 墓参を終えた大行列が、白川沿いに通古賀を越えてやって来た。先頭集団が鷺田川を越えたところで、突然空は黒雲に覆われて、大粒の雨が地面をたたきつけた。「しめた」と頬を緩めたのが虎麻呂長者である。家来を従えて田中長者の門の前に立った。虎麻呂が、門前でだみ声を張り上げた。
「頼もう~、手前次田の在の藤原の虎麻呂と申す。突然の雨降りで難儀いたしておるゆえ、家来の分を含めて傘を1000本貸してくだされ」
 さすがの田中長者といえども、一度に1000本の傘は用意できまいと読んだのだった。
 そこに、中から出てきた田中の長者。
「それは、それはお困りでございますな。雨傘1000本でございますな。番頭さん、すぐに用意なされ。新品をですぞ」
 長者に命令された家来らが、大きな蔵から1000本の傘を運び出してきた。これには、さすがの虎麻呂もびっくり仰天。早々に大行列を引き上げていった。


長者屋敷周辺の産土神・王城神社


飯千人前
 心穏やかでいられない虎麻呂長者。なんとか仕返しの方法はないものか考えた。まずは1000本の雨傘を返しに行かなければならない。もちろん、それなりのお礼の品を持参してである。それだけでは「ああそうですか、ごくろうさん」で終わってしまう。
 そこで考えついたのが、大飯ぐらいの家来1000人を選び出して、田中の森に向かわせた。それも、昼飯時の正午を狙って。1000人の虎麻呂家来が田中長者屋敷を取り巻いた。すると田中長者、玄関を入ってその先、延々と続く廊下の奥座敷に、家来衆を招き入れたのである。
「丁度お昼時でございますな。皆さんご立派な身体の持ち主で、さぞお腹もお空きでございましょう。ちょっとばかり炊き過ぎのご飯がありますゆえ、どうぞ腹いっぱい食べてくだされ」と、並べられた膳の上に馳走がが置かれた。膳の脇には、美味しそうな酒徳利まで。
「お邪魔でしょうが、残りましたご飯はおにぎりにして・・・、それから」今朝採れた甘瓜を3個ずつ土産に用意しました」
 ほろ酔い加減で帰ってきた家来を迎える虎麻呂長者は、二度と田中長者に背比べならぬ腹比べを挑む事を断念したのであった。

ボクのルーツだった


菅公が謫居を余儀なくされた榎社


 物語の舞台となる田中長者の屋敷は、現在の太宰府市都府楼南一丁目のビルの片隅に残る。そこには「田中の森」と記された石碑が建っている。少し離れた場所を流れる鷺田川と合わせ考えると、大むかしの田中の森の有り様を彷彿とさせる。
 鷺田川を挟んで1キロ向こうは、菅原道真が謫居(たっきょ)を余儀なくされた榎社(南の館)の森がある。密集する民家を除いて見通すと、南の館から政庁までの朱雀大通りまでの華やかな都路が容易に想像できる。田中長者にまつわる話を重ねて思いを巡らすと、自らが大伴旅人に乗り移ったような気持ちになってしまうからやっかいだ。
 通古賀や旧水城村の世界を掘り下げていくと、まだまだ物語を続けていけそう。
 そのむかし、水城の土手から通古賀まで、筑紫郡水城村といった。そう言えば、ボクのお祖母ちゃんから、ことあるごとに
聞かされた。「おばあちゃんはな、子供の時、ミズキの土手でよく遊んだもんだよ。ミズキは、ほんによかとこじゃった」と。取材で何度か通ううちに、お祖母ちゃんの言うことがわかるような気がする。


祖母のふるさと・水城の史跡


の後、肥前から使者が尋ねてきて、母子は無事に三河守の許に帰り、彼は稲荷の霊験を聞いて感じ入り、上田某を遣わして小祠を建立し、祠堂金一封を年々送ったという。この地蔵を俗に「子安稲荷」と言っている

    

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ご意見ご感想をどうぞ い浜辺で一人ぼっちになった藤枝は、この先の自分の運命が全く読めなくなった。その時である。急激な腹痛が襲った。陣痛である。あたりに人がいなければ、お産を手伝ってくれる人はいない。自分も赤ん坊の命もここまでか。