No.048

2022年08月07日

釣川の長太郎カッパ

宗像市


釣川の下流

 

大社の借家人
 宗像地方で、100歳を超えてもなお元気なカッパの長太郎。彼の特技は、時空を越えていつの時代でも、どこの世界にでも降り立つことができる技を持っていること。借家住まいの長太郎、家主は宗像大社の大宮司だが、家賃はゼロ円。大社のすぐ傍を流れる釣川の曲がりくねった淵の底が住み家なのだ。海が近いので、水は結構塩辛い。それに、カッパの主食である小魚は、むこうから勝手に寄ってくるから漁に出る苦労もいらない。これ以上の贅沢は言えません。


宗像大社

 たった一つだけ苦手なことは、大宮司さんの説教を長々と聞かされることくらいかな。特に、カッパ族に対しては、遠慮会釈なく嫌味や注文を飛ばしなさるのさ。昨日も俺を呼びつけて大宮司、「最近のカッパは質が落ちて困ったものよ」だって。「特に、江口と手光に棲むカッパどもの品性たら度が過ぎる悪さだ。叩き直してくれ」と命令された。
 長太郎には、釣川でも一等地の澱んだ淵が与えられている。だから、じっと我慢してお説教も注文も聞華ねばならぬのさ。
「へい、わかりやした」と返事して立ち上がろうとすると、「ちょっと待て、その前に軽い仕事を一つだけ…」と、注文を追加された。何が「軽い仕事」なもんか。



一夜城造成の術
 大宮司から追加注文されたのは、「敵に絶対攻め込まれない強固な城を、明日朝までに築くこと」だった。そんな無茶なと、顔を背けると、「嫌なら嫌で構わぬぞ。それでは頼んだよ」と言うなり、さっさとふすまの向こうに消えてしまわれた。どうしたらよいものか思案の上、ある結論に達した。子分のカッパを呼びつけて、農家の小屋から藁をかき集めて、大量の藁人形を作らせた。それからが長太郎親分の腕の見せ所である。小山のように積み上げた藁人形に釣川の水をかけると、人形はたちまち城を築く人夫に変身した。
 翌朝大社に出かけると、大宮司、「まあまあだな。このくらいじゃ日当は半分だ」と。「そんな馬鹿な」と言いかけると、すぐにふすまの向こうに消えなさる。長太郎が築いた一夜城は、10里向こうの福岡城からもはっきり展望できる。太閤秀吉の一夜城なんて目じゃないぜ。
見事なお城が完成すると次の命令は、釣川周辺に棲むカッパどもの品性を正すこと。

万人嫌がらせの術


カッパが好きな澱みの釣川


 翌日長太郎は、釣川を下って江口の郷へ。500年後の令和の時代の江口といえば、環境もずっと住みよくなっている。と言っても、人間さまにとってということで、カッパには淵の澱みもなくなったし、河川敷の雑草も少ない。なんてったって、その後の役人が河川をみんなまっすぐにしちまったもんで、曲がりくねったふるさとの川なんてどこにもないよ。でもこの時代、川面と畑は手を伸ばせば届くほど。大好きな胡瓜やなすびは食い放題ってもんだ。

「き~、き~」カッパ独特の甲高い声が聞こえてきた。丁度引き潮の時間で、川原の砂は乾ききっている。長太郎が近づいてみると、江口集落のカッパ大相撲大会の最中だった。取り組みはすべて勝ち抜き戦である。川内組の力士は大人みたいにでかい奴。川下組はみんな子供カッパばかりだ。それにしても川内の力士の強いこと。行司が「ハッケヨイ」と言い終わる前に、川下のちびっこは宙を飛んで釣川の中にどぼーん。
 何か変だぞ、よく見れば、川内の力士の体には、目には見えない小さな力士が無数にくっついている。その微生カッパ群が、行事の声と同時にはじき出されて相手の弱点に食いついていくのだ。その数顕微鏡で見なければわからないほどで、その術はこの世に100年も生きた長太郎にしか見通せない。「微生嫌がらせの術」である。「インチキだ」と憤慨する長太郎。
 大の大人と無数の微生かっぱの川内組、一方は十分に成長しきれない子供カッパばかりの川下組であった。これじゃ、何度仕掛けても川内組に勝てるわけがない。長太郎は川下組の控えのワッパ力士に囁いた。ワッパ力士は頷いて、川向こうの野菜畑に駆け込んだ。再び戻ってきた時は手に数本のきゅうりを握りしめている。
「ハッケヨイ、ハッケヨイ」、身体の大きな川内カッパは、次々に子供カッパをなぎ倒していった。「今だ!」長太郎が叫ぶと、先ほどのワッパ力士が手に持ったきゅうりを川内力士の前に放り投げた。川内カッパの調子が完全に狂った。大好きなきゅうりを見れば相撲どころではない。前かがみできゅうりを拾おうとする。そこでワッパ力士が、思い切り川内カッパの尻を蹴り上げた。仰向けに倒れた衝撃で、川内カッパの頭の皿からタラリタラリと水がこぼれ、やがて干上がってしまった。そうなれば、どんな力持ちでも、命の危険がいっぱいになる。長太郎がワッパ力士に「きゅうりを使え」のサインを出していたのだった。


釣川の河口付近


「なにか変だ」と言い出したのは、検査役席にいた村長。ワッパ力士を呼び出して追及を始めた。「それはですね、あそこにいる長太郎爺さんが…」と指をさした先に。危険を察した長太郎の姿はなかった。あっという間に釣川の深みに飛び込んでいたのだ。100年も生きていれば、危険を逃れる術なんて簡単なものよ。

 翌日大宮司を訪ねると、いきなり頭上から雷が落ちてきた。「何が不夜城だ。お前がつくったお城は、 張りぼてじゃないか。みんな壊れてゴミの山だ」だと。それでも、「江口の質の悪い川内カッパにはきついお灸をすえておきました」と、報償をねだろうとするも、「馬鹿たれ!おまえの悪知恵で、江口の村長からは村のきゅうりの被害甚大だと苦情が来ている。それに、相撲には禁じ手の「尻蹴り」なんて決まり手をワッパに授けるとは…」、よい事なしの長太郎であった。(完)

    

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