芥屋の天女舞い

No.036

2022年04月24日

芥屋の天女舞い
(原題:鏡岩の伝説)

糸島市志摩芥屋


 糸島半島のてっぺん、芥屋の大門(けやのおおと)付近が物語の舞台となる。気の遠くなるような、大むかしにできた巨大な洞穴・芥屋の大門。そのすぐそばにそそり立つ、巨大な岩を鏡岩という。そこに降り立った天女が舞い踊る。


芥屋の大門そばの鏡岩(右)


 鏡岩には、女の人の足跡と脱ぎ捨てた羽衣が化石化したような模様が見えるとか。人々はこの現象を、天女の足跡だと思い、天女が脱いだ羽衣の化石だと信じている。
 最近でも海が荒れる日には、鏡岩の辺りから微妙な音色が聞こえるという。それは、天女の歌声にも似ているし、天に帰りたいと忍び泣く天女の声でもあるようだと地元の人は言う。


天女の舞い
 その日は珍しく、春の日が燦燦と降り注ぐいい日和であった。眠くなりそうな昼下り、可也山を背に鍬を振り下ろしている青年トキオが、空を見上げて仰天した。


糸島富士こと可也山


 天から降りてくる雲に乗って、若い女たちが降りてくる。彼女らが鳴らす笙の響きが、海岸一帯を一面の蓮華畑に誘ってくれる。トキオは、鍬も何も放り投げ、大急ぎで天女が降り立った地点を目指した。息を切らしながらたどり着いたところは、波が砕け散る大門のすぐそばの鏡岩の山頂だった。天女の数は5人。いずれも、これまでにお目にかかったことのない絶世の美女揃いである。
 トキオは、気づかれないように、岩に生えている松の陰から天女の舞いに見入った。娘たちは、身にまとった羽衣を脱ぎ捨てて、玄海から噴き上げる風を存分に浴びながら気持ちよさそうに舞った。代わる代わる踊る天女らの姿は、まるで極上の額縁の中の芸術品だ。

禁制の俗謡
 トキオは、目の前の天女の舞いが現実なのか幻なのかわからなくなっていた。踊りに合わせて、自らも手を叩いている。5人中4人が踊り終わったとき、トキオは思わず踊りの輪の中に入り込んでいた。天女の歌と踊りをまったく知らないでである。


何処までも美しい芥屋の砂浜


 そこで、子供の頃から父親やおやじさんたちが酒を飲んだら必ず出す、品の良くない歌と踊りを披露した。それは、男と女が絡み合う、嫌らしい俗曲であった。周囲が白けてしまうこともわからずに、身に着けたものを脱ぎながら踊りまくった。
 トキオが気が付けば、天女たちは既に故郷の天上に帰った後だった。ところがである。5人中一人だけ、トキオの俗歌と嫌らしい踊りを、身を乗り出して見ている天女がいた。彼女は、トキオの俗歌が気に入ったらしく、見よう見真似で踊り始めた。地上に残る天女は自分ひとり。慌てて脱いでいた羽衣を着て飛び立とうとするが、両の足は鏡岩に吸い付いたまま。天女らには、いかなる場にあっても、天にある清廉な歌以外は歌ってはならないという、神さまからお達しがあったのだ。その掟を破った以上は、再び故郷の天上には戻れない。泣き崩れる天女は、鏡岩の上で地団駄を踏んだ。脱ぎ捨てた羽衣をも踏みつけた。そして岸壁から身を投げた。その時である。あれほど静かだった玄海の海は、嵐の海に激変した。
 すべては、天女の舞いに酔いしれた自分が悪かったと自覚するトキオ。故郷からも仲間からも見捨てられた天女に申し訳が立たず、後を追って断崖絶壁から荒れ狂う玄界灘に飛び込んだ。悲しいことに、天女には足跡と羽衣が「化石」として残ったが、トキオのものは何一つ地上に残らなかった。(完)


芥屋の大門:


日本三大玄武洞の一つ。六角形や八角形の玄武岩が柱状節理をなし、玄界灘の荒波にそそり立ち、海蝕によってできた洞(高さ64m、間口10m、奥行90m)は、黒々と玄界灘に向かって口を開き神秘的な景観を呈している。(芥屋の大門遊覧船HPより)
    
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