No.020

2021年12月26日

飴買い幽霊


飴買い女と子供のの墓石

  天神交差点から北へ500メートルも歩いたところに、「安国寺」なる山門が見えてまいります。めっちゃでかい山門を潜ると、左側にこれまたでっかい梵鐘が迎えてくれるのです。鐘楼台の天井は、鬼気迫る龍の雄姿が。更に本堂の脇を奥に進みますと、自然石に彫られた文字が「…大姉」とありますから、おそらく女性のお墓でござましょう大きな石碑が目に入ります。不思議なのは、その「大姉」さまと彫られたそばに、小型の石碑が行儀よくお座りになっておられることです。年月を経ていて判読不可寸前の石面に目を凝らしますと、「夢参童女」と読めます。推測するに、「大姉」がお母さんで、「童女」は甘えん坊の女の子というふうに写りませんか。
 そこで、お寺さんや図書館などで見つけた資料をもとに、摩訶不思議な寄り添い石碑の謎を解いてみたくなりました。

飴屋が迎えるお客さん

 ときは延宝7年といいますから、大よそ350年もむかしの江戸時代初期ということになります。新しくできた福岡城に、藩主黒田長政さんがお座りになってしばらくたった頃です。お城の内堀から新川に伸びる外堀の紺屋堀-肥前堀を望むあたり。商人や職人さんがひしめく天神之丁(天神町)界隈の城下町に出てまいります。朝晩安国寺さんから聞こえてくる鐘の音を頼りに、飴家を営む徳太郎爺さんとウメ婆さん夫婦が細々と暮らしておりました。無理のない程度に働いて、売切れ迫ると、「はい、おしまい」と後片付けにかかります。さあ寝ようかと布団を敷き始めたそのときです。「カランコロン」と、乾いた杉の下駄の音が近づいてきました。
「ごめん下さい、飴をください」


山門前材木町の通り

決まった時間に飴3つ 

 婆さんが「よいしょ」の掛け声で土間に降りていきました。爺さんが薄明りの中で見た客は、未だ30歳に届かない、色白のお内儀(商家の女将さん)風の大そう美人のお方です。
「もう、三つしか残っていませんよ」
婆さんが応えると、「三つで十分です。くださいな」
 女は嬉しそうに銭を3文渡すと、3個の飴を受け取って、「カランコロン」の下駄音も軽やかに去って行きました。ところがです。翌日の夕方も昨日と同じ時刻に、同じような下駄の音を鳴らして女がやって来るじゃありませんか。「飴を三つくださいな」の注文も同じフレーズです。そうなると爺さん、ご婦人のために、別の箱に三つだけ分けておくようになりました。
「あの奥さまは、いったいどこの商家のお嫁さんかいの。それとも、お武家屋敷の方かいの」
 婆さんが小首を傾けながら爺さんに話しかけました。
「さあなあ。お城の近くにも飴屋くらいはあるだろうに」
 爺さんが答えますと、婆さんが意地悪そうな眼付きで爺さんに、「確かめなさいよ。後をつけていって…」とけしかけます。

お墓で赤ん坊の泣き声

 爺さんは、女に気づかれないように、間を取って鍛冶屋町の店を出ました。まさか自分の後を婆さんがつけていることなど考えもしません。女は肥前堀沿いに歩いて薬院橋を渡るはず、と勝手に決めていた爺さんの予想は外れてしまいました。材木町通からすぐそこの、安国寺の山門の前に立ったのです。


安国寺山門

 「ご~ん」、すぐ向こうから鐘の音が響きます。耳を塞ぎながら爺さん、立ち姿の女を見つめました。山門脇の篝火が、女の姿を逆光で照らしています。
「おや?」。爺さんが眉をしかめます。なんと、爺さんの方に伸びているはずの人影が全く見えないのです。
 境内に入った女は、本堂の脇を通って裏側の墓所に向ったところで振り向きました。爺さんに合図をしているようです。その直後、突然ローソクの火が消えるように、すーっと消えてなくなりました。呆然と立ち尽くす爺さんの耳に、墓所の方から火のつくような赤ん坊の泣き声が聞こえてきました。そんなはずはない、こんな夜中に、あの女以外に誰もいないはずの墓場で赤ん坊の泣き声とは。まさか…。
 全身震えが止まらなくなくなった爺さん、後追いをやめてお寺の庫裏に駆け込みました。あーだこーだと説明した後、住職の手を掴んで裏手の墓所に向かいました。
「おぎゃー、おぎゃー」。赤ん坊の泣き声がする場所に近づきますと、真新しい卒塔婆(そとば=亡くなった人を供養する薄板でできた塔)の根元で、生まれて間のない赤ん坊が、浴衣にくるまって泣いているではありませんか。

母親の情が…

「卒塔婆の下で眠っている仏さんは、先日埋葬したばかりの商家のお妾さんじゃ。間もなくお産じゃいうときに亡くなられてな。そのお妾さん、屋敷には住まわせてくれなかったんだわ。死んでも葬式も上げられんで、番頭さんがこそっと愚僧に埋葬を頼んでこられたというわけじゃわい」
 住職は、赤ん坊を抱いて爺さんを庫裏に連れて行き、いきさつを話しました。
「でもですよ。この赤ん坊が亡くなったお妾さんの子供かどうか…」
「うん、それは愚僧にもようわからん。まさか、お妾さんの子供を、土の中で産めるわけもないだろうし」


安国寺の巨大な釣鐘

 飴屋の爺さんとご住職の長い長い沈黙が続きます。
「でもですよ」。爺さんの口癖がまた出た。
「あの女の人は、飴を買って誰に舐めさせるつもりだったんじゃろう。それから、山門の前に立ったあの人には、影が見えませんでしたよ。どう…」
「それをどう説明したらよいか・・・。おそらく、その女のお方は、卒塔婆の下に埋葬した人ではないか」
「それでは、赤ん坊のおっかさんは、幽霊?」
 二人の沈黙がまた始まった。
「どのような状況にあっても、人間生きていれば腹は減る。赤ん坊に生きる力を与えるために飴を舐めさせていたということは考えられませんか、おっかさんが。母親の本能的な情とでも言おうか」
「わしの店に飴を買いに来たのは、幽霊だったのか。それでは、影がないことは?」
「幽霊には影がないと聞いたことがありますぞ」
 住職の話が熱を帯びてきたところで、突然後ろの障子が開いた。腰を抜かさんばかりの爺さんが振り向くと、婆さんが立っている。
「なんだ、おまえか。どうしてここが…」
「お寺の小僧さんがお爺さんのことを知らせてくれたんだわ」だって。嘘ばっかり。

いじらしい墓石

 後日談になるが。飴家の爺さんと安国寺のお坊さんに救われた赤ん坊は女の子でした。安国寺の住職は、女の子を裕福な家に預けていましたが、不幸にも数え年4歳の頃、流行り病で亡くなってしまいました。住職は、女の子を母親と同じ墓に埋葬し、墓石も子供が母親の傍らに寄り添うようにして造りました。
 母親が子を思う情念から、幽霊になってまでも子供に飴を舐めさせた話は博多の街中に広まり、母子のお墓にお参りする人が絶えなくなりました。

 墓石に彫られた母親の戒名は、「岩松院殿禅室妙悦大姉」です。おそらくこれは、ずっと後に、お参りする人たちに向けてつけられた、格式高い名前なのございましょう。()

 九州一の繁華街、福岡・天神のど真ん中に、このような大きなお寺があることにまず驚きです。さらに、本編「飴買いの幽霊」なる奇妙な伝説が潜んでいたとは。家から近いこともあって、安国寺には何度も足を運びました。
 まずびっくりするのは、山門潜ってすぐそこにある梵鐘のでかいこと。口径が6尺2寸(1.8m)、高さ3.15m、重さは10tと言いますから、運ぶのだって大変だったでしょう。飴買いの女性が埋葬された頃の墓所は、頑丈な納骨堂に変わっていますから、幽霊の怖さは伝わってきません。それよりも、寺も福岡市の観光部門も、このお話を多くの来訪者に紹介しようとする意欲には、正直恐れ入りました。
 このお話と共通する伝説は、本サイト筑紫次郎の伝説紀行でもいくつか紹介していますので、ご参照ください。話の筋は同じでも、地域によって背景や情景など微妙に違います。

 第071話  うぶめからの預かりもの 福岡県東峰村・旧宝珠山村
 第129話  弥永の夜泣き松  福岡県筑前町・旧三輪町

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