バーテルの監督作品で、我が国で劇場公開されたのは『デスレース2000年』だけなので、むしろ俳優としてのバーテルの方がお馴染みなのかも知れない。彼の主な出演作を列挙してみる。
『ピラニア』(監督:ジョー・ダンテ)
『フランケンウィニー』(監督:ティム・バートン)
『アメリカ・パロディ・シアター』(監督:ジョン・ランディス)
『グレムリン2』(監督:ジョー・ダンテ)
『ユージュアル・サスペクツ』(監督:ブライアン・シンガー)
『エスケープ・フロム・LA』(監督:ジョン・カーペンター)
『バスキア』(監督:ジュリアン・シュナーベル)
実は出ていたんですよ、これらの作品に。だけど、ほとんどが「特別出演」なので、よ〜く見てないと見逃してしまいます。
(かく云う私も、『グレムリン2』と『エスケープ・フロム・LA』は何処に出ていたのか、記憶にない)
しかし、監督名を見るだけで、錚々たる顔ぶれが並んでいることが判る。バーテルの顔の広さに驚くと同時に、彼が「映画マニア」に如何に愛されていたかが判る。(いずれの監督も「マニア」で知られている)。「マニア」が喜ぶ映画を撮り続けていた異能の作家、それがポール・バーテルなのである。
ポール・バーテルは1938年、ニューヨーク州ブルックリンに生まれた。UCLAで演技と監督術を学び、ローマ留学の奨学金を得た本格派だ。それがどういうわけか異色作ばかり世に放つ。天性のひねくれ者であった。
代表作である『デスレース2000年』と『フライパン殺人』は今なおカルトな人気を誇っているが、それよりも私が推したいのは、商業映画デビュー作『プライベート・パーツ』である。或るマンションに引っ越してきた女性を襲う悪夢を描いたホラー作品なのであるが、マンションの住人全員が変人というブラックコメディでもあった。ロジャー・コーマンはこれを観て、彼を『デスレース2000年』の監督に抜擢したのだろう。とにかく斬新で、どうしてこれが日本未公開に終わったのか、不思議でならない。
バーテルはブラックな笑いが敬遠されがちなアメリカにあって、それをことさらに追求した貴重な存在であった。彼に期待するところは大きかったが、2000年3月、肝臓ガンのために死去。誠に残念である。
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