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18歳のトーマス・ウェルズは、ケント州ドーヴァーのドーヴァー・プライオリー駅で、ポーター兼客室清掃員として働いていた。ところが、こいつが礼儀知らずのガサツ者で、乗客と口論になることもしばしばだ。駅長のエドワード・ウォルシュ(59)はそのたびに叱責していたが、ウェルズの勤務態度が改められることはなかった。
1868年5月1日、ウェルズは駅長室に呼び出され、鉄道会社の地域担当部長であるヘンリー・コックスの前で二者択一を迫られた。
「お前の態度にはもううんざりだ。考えを改めない限り、辞めてもらうことになる。判ったか」
ウェルズはこれを「イジメ」と受け取ったようだ。駅長室を後にすると、いつも携帯している拳銃を手に取り、再び駅長室に乱入して、ウォルシュの頭に目掛けて銃弾を発砲した。即死だった。
間もなく、ウェルズは客車に隠れているところを逮捕された。
法廷において、ウェルズは精神異常を理由に無罪を主張した。曰く、列車にあわや轢かれそうになった経験から言動がおかしくなったというのだが、礼儀知らずでガサツ者であることは雇われた当初から変わりなかった。陪審員は主張を呆気なく退け、僅か5分の審議で有罪を評決。ウェルズには死刑が宣告された。
ウェルズは英国で公開処刑が禁止された後の最初の死刑囚だった。1868年8月13日に執り行われた処刑には16人のジャーナリストが立ち会っているが、その直前にウェルズはこのような歌を歌っていたという。
「幸せな魂よ。汝の日々はこれでおしまい。
悲嘆すべき日々はすべておしまい。
天使と共に連れ立って、
イエスのもとに行きなさい」
(Happy soul, thy days are ended,
All thy mourning days below,
Go, by angel friends attended,
To the sight of Jesus, go.)
余裕があるなあ、おい。まるで反省していないのだなあ。礼儀知らずのガサツ者は最後の最後まで、そのままで死んだようだ。
(2012年11月14日/岸田裁月)
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