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リチャード・ティングラー
Richard Lee Tingler Jr. (アメリカ)



リチャード・ティングラー

 1968年9月16日早朝、オハイオ州クリーブランドのロックフェラー公園内で男性3人、女性1人の遺体が発見された。いずれも後頭部を銃で撃たれている。如何にも無慈悲で残虐な犯行だ。
 間もなく被害者の身元が割れた。近くで酒場を経営しているジョセフ・ゾルドマンとその店員、そして、店に常駐する売春婦だった。おそらく下手人は強盗目的で店に押し入り、公園まで連行すると順に射殺したのだろう。「死人に口無し」というわけである。

 1ケ月後の10月20日、今度はオハイオ州コロンバスの食料品店が強盗に襲われ、アルバイト店員のスーザン・パック(18)とジミー・スティーヴンス(15)が殺害された。いずれも手足を縛られた上で後頭部を銃で撃たれている。弾道検査により、凶器の銃はクリーブランドの事件と同じものであることが判明した。
 店長のフィリス・クロウも同様に手足を縛られ、針金のハンガーで首を締められていたが、幸いにも一命を取り留めた。そして、彼女の協力により下手人が特定された。リチャード・ティングラー(27)。強盗の常習犯だった。

 11月8日、FBIはティングラーを最重要指名手配犯のリストに加えた。一方、ティングラーはというとオクラホマ州デイル・シティに逃げ延び、「ドン・ウィリアムス」という偽名を用いて、アルヴィン・ホフマンの農場で働いていた。
 Google マップで調べれば判るが、デイル・シティは小さな小さな田舎町である。隠れ家にはもってこいの場所だ。しばらくは誰からも疑われなかった。ところが、1969年3月30日、当時の人気テレビ番組『FBIアメリカ連邦警察』で彼の手配写真が放映されてしまう。
「これはしまった。テレビを見た連中が騒ぎ出したらえらいことだ」
 かくしてティングラーはこの町から逐電したのである。

 1ケ月後の4月27日、ティングラーはブルックス・ハッチンソン(49)という男と共にイリノイ州ギルマンのモーテルにチェックインした。その際に彼は「D・L・ウィリアムス」という偽名を用いている。
 翌朝、ティングラーだけがチェックアウトした。もうお判りだろう。ハッチンソンは銃で4発も撃たれて絶命していたのである。財布と金目の物が奪われていたことは云うまでもない。

 2日後の4月29日、もう熱りが冷めたと思ったのか、ティングラーは「ドン・ウィリアムス」としてアルヴィン・ホフマンの農場に舞い戻る。だが、熱りは冷めていなかった。間もなく保安官事務所に呼ばれたホフマンが「ドン・ウィリアムス」こそが最重要指名手配犯であることを確認した。

 かくして5月19日、ティングラーはFBI捜査官により逮捕された。オハイオ州での6件の殺人容疑で有罪となり、死刑を宣告されたが、1972年6月に全米で死刑執行が停止されたため、終身刑に減刑されている。

(2012年3月25日/岸田裁月) 


参考資料

http://murderpedia.org/male.T/t/tingler-richard.htm
http://www.crimezzz.net/serialkillers/T/TINGLER_richard_lee_jr.php
http://www.fbi.gov/stats-services/publications/ten-most-wanted-fugitives-60th-anniversary-1950-2010/famous_cases
http://en.wikipedia.org/wiki/FBI_Ten_Most_Wanted_Fugitives_by_year,_1968#Richard_Lee_Tingler


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